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常夏通信

その93 戦没者遺骨の戦後史(39)政府が「水葬」方針を転換

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上下逆さまの状態で沈む、戦艦「大和」の副砲=大和ミュージアム提供
上下逆さまの状態で沈む、戦艦「大和」の副砲=大和ミュージアム提供

 昨年の12月31日、大みそかの毎日新聞朝刊1面トップに、戦没者遺骨に関する記事が掲載された。熊谷豪記者による特ダネだ。見出しは「海の戦没遺骨、収容 『水葬扱い』転換 海外に30万体 政府方針」、記事は「政府は太平洋戦争戦没者の遺骨収容事業で、撃沈された艦船の乗員など今も海没したままの遺骨を収容する方針を決めた。およそ30万体が外国の海で眠っているとされるが、これまでは『水葬』と同様に扱い、永眠の場所になっているなどとして原則的に収容していなかった。近年、ダイバーが遺骨を見つけて画像を公表するなどし、遺族らから収容を求める声が出ていた」などと続いた。さらに別のページでは関連記事として戦史研究の第一人者である吉田裕・一橋大名誉教授の詳細な解説も掲載された。

 前回までに見てきたように、日本政府は第二次世界大戦下で米軍の攻撃などで沈んだ艦船の戦没者を「水葬」扱いとしていた。たとえば1994年3月25日、第129回国会衆議院厚生委員会。議員の質問に対し、厚生省(当時)の担当局長が「海没遺骨の収集につきましては、古くから航海中の死亡者について水葬に付するということが広く行われてきております。一般的には海自体が戦没者の永眠の場所である、そういった認識もございまして、原則的には行わないということで今日まで至っております」などと答えた。

「水葬」方針にじむ政府の意思

 30万体は、すべて戦争=国策による犠牲者だ。平時の航海中の病気などによる死とは、同じ死でも国家が取るべき責任は大きく違う。それを同じ地平で片付けようとする論法にこそ、「戦後補償はできるだけしたくない」という、我らが日本国政府の意思がにじむ。

 しかし、熊谷記者が報じたように政府はその方針を変えた。方針変更が分かった段階で、熊谷記者と私は厚労省に取材した。「そういう国会での議論があったことは承知しています。しかし、ああいう法律ができたこともありますし」。同省の担当者はそう話した。

推進法が転機

 「ああいう法律」とは、2016年に成立した戦没者遺骨収集推進法(推進法)だ。それまで根拠法がなかった戦没者遺骨の収容を、初めて「国の責務」とした。また遺骨を集めるだけでなく、遺族に返すことを目指すともしている。

 「水葬」の取材をしていて私が思い出していたのは、戦艦「大和」から生還した兵士の証言だった。

 「大和」は世界随一の攻撃力を備える一方で、敵の攻撃に備える防御力、被弾した場合のダメージコントロールにも力が注がれていた。たとえば注排水システムだ。左舷もしくは右舷に被弾した場合、艦は傾く。傾斜が増すと航行が困難になる。また「大和」の存在意義である世界最大の主砲が撃てないか、撃ちにくくなる。敵機を迎撃する高角砲や機銃群も同様だ。

 このため浸水した際の排水する機能と、浸水した反対舷に海水を入れることで艦を水平に保つ注水設備があった。さらに艦内に1147もの防水区画があった。被弾し浸水した場合、各区画で浸水を食い止めるためのものだ。

 1945年4月6日、「大和」は沖縄に上陸した米軍を撃破すべく、山口県徳山沖を出撃した。翌7…

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