連載

プレーバック・プロ野球

プロ野球史に残る数々の出来事を、当事者たちの証言から振り返ります。

連載一覧

プレーバック・プロ野球

松永浩美、伝説の左腕を攻略し日本選手初の左右両打席本塁打

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
日本ハム戦の八回、日本選手初の左右両打席本塁打となる4号ソロを放った阪急の松永(左)。手前は打たれた日本ハムの江夏=西宮球場で1982年5月15日
日本ハム戦の八回、日本選手初の左右両打席本塁打となる4号ソロを放った阪急の松永(左)。手前は打たれた日本ハムの江夏=西宮球場で1982年5月15日

 「スイッチヒッター」。相手投手の左右に合わせて、自身の左右の打席を使い分ける選手のことだ。一般に俊足巧打の印象が強いが、かつて「日本史上最高のスイッチヒッター」と称された松永浩美(60)は一味違った。右でも左でも長打力があった。象徴的なのが阪急(現オリックス)時代の1982年5月15日、日本ハム戦(西宮球場)で記録した日本選手初の左右両打席本塁打だ。

1982年5月15日、日本ハム戦

 1本目は六回の左打席。このシーズンの最多勝右腕、工藤幹夫の内角直球をとらえて右翼ラッキーゾーンにソロ本塁打を放り込んだ。2本目は八回に右打席で放った。相手は球史に残る左腕・江夏豊で、直前に神経戦を繰り広げた。

 初球はボール。松永には球に土がついているように見えた。「江夏さんは少し汚れたボールを好むのを知っていた」ため、交換を要求。すると、江夏がマウンドから歩み寄ってきた。「汚れているか」と球を突きつけられた。けおされて、思わず「白いです」と答えてしまったが、ひるまなかった。「あんなやり取りをしたんだから打たないと仕方ない」と逆に集中した。

 低めのフォークを拾ってバックスクリーンへ。三塁を蹴って、本塁へ向かうと、打たれた江夏が再び歩み寄ってきた。…

この記事は有料記事です。

残り937文字(全文1457文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

注目の特集