佐伯城二の丸御殿か 玄関部分らしい遺構発見 /大分

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佐伯城二の丸跡の発掘現場。木の根の間に敷石が現れた=佐伯市教委提供
佐伯城二の丸跡の発掘現場。木の根の間に敷石が現れた=佐伯市教委提供

 佐伯市のシンボル、佐伯城の二の丸跡から二の丸御殿とみられる玄関部分らしい遺構が初めて見つかった。2009年から国庫補助を受けて調査を続ける市教委は「建物の正確な築造時期はまだ特定できていないが、大きな成果」としている。

 八幡山(城山)の山頂部にある総石垣の佐伯城は、1606(慶長11)年に初代佐伯藩主、毛利高政によって築かれた。その後、3代藩主の高直がふもとに三の丸を築いて藩政の場を山頂から移したため、山頂部分は荒廃。6代藩主の高慶が1709(宝永6)年から20年をかけて山頂部…

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