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選手に向かう五輪批判 根底に主催者への不信感

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 新型コロナウイルスの感染収束が見通せない中、東京オリンピック・パラリンピックに対する批判の矛先がアスリートに向かうケースが表面化している。

 白血病から復帰し、五輪代表に決まった競泳の池江璃花子選手にネット交流サービス(SNS)を通じて、出場辞退を求める声が寄せられたという。

 池江選手は「中止を求める声が多いことは仕方なく、当然のことだと思っています」と投稿した上で、「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません」と胸中を打ち明けた。

 コロナに昨年感染したテニスの錦織圭選手は記者会見で「死者を出してまで行われることではない」と開催に疑問を投げ掛けた。この発言には、開催を支持する人から批判の声が出た。

 選手個人が矢面に立たされる状況は異常だ。その根底には、国民の間に広がる主催者側への不信感があるのではないか。

 本来、批判されるべきなのは、主催者である国際オリンピック委員会、大会組織委員会、東京都と、開催国としての責任を担っている政府だ。

 観客数の制限は6月まで決定を先送りし、入国する外国の選手や関係者の数も未定だ。大会の感染対策はいまだに詳細を示せず、不安や不満を払拭(ふっしょく)するような説明もなされていない。

 五輪の「特別扱い」にも厳しい目が向けられている。選手へのワクチン優先接種について、陸上長距離の新谷仁美選手は「五輪選手だけがというのはおかしな話だと思う」と複雑な心境を口にした。

 五輪開幕まで2カ月あまりに迫り、選手たちは本番に向けて仕上げの段階にある。開催可否をめぐって世論が割れる中、選手が板挟みになるようなことがあってはならない。

 組織委の橋本聖子会長は「誹謗(ひぼう)中傷でアスリートに負担をかけていることに心が痛む。これは私が責められるべき問題だ」と話す。それならば、国民の納得できる対応をする責任がある。

 主役である選手の声が、聞こえなくなるような事態は避けるべきだ。議論が必要な今こそ、自由に発言できる環境を守る努力が求められる。

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