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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

オペラ評論家の香原斗志さんが、往年の名歌手から現在活躍する気鋭の若手までイタリアのオペラ歌手を毎回1人取り上げ、魅力をつづります。

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香原斗志「イタリア・オペラ名歌手カタログ」

<第16回> アナスタシア・バルトリ(ソプラノ)

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ムーティの指揮による「マクベス」でマクベス夫人を好演したアナスタシア・バルトリ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治
ムーティの指揮による「マクベス」でマクベス夫人を好演したアナスタシア・バルトリ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/飯田耕治

初期ヴェルディを完璧に歌いこなす若き超逸材

 コロナ禍の下、もう1年半近くイタリアの土を踏めていないが、仮に渡伊があったところでオペラを観(み)られるわけでもない。イタリア・オペラの新しい才能を発掘する機会はめっきり減ってしまったが、そんな状況でも僥倖(ぎょうこう)にめぐり合うことはある。それは東京・春・音楽祭で演奏された、リッカルド・ムーティ指揮によるヴェルディ「マクベス」で起きた。マクベス夫人に起用されたアナスタシア・バルトリの傑出した歌には、度肝を抜かれたと表現しても過言ではない。

 マクベス夫人は過酷な役である。強い声による力強い表現とアジリタを両立できなければならず、そのうえ随所に高音が置かれ、第4幕の夢遊の場には高いDesまで出さなければならない。この役を数々のソプラノで聴いてきたが、強い声のソプラノは往々にして高音域が絶叫になり、声がきれいに回ると力強さに欠け、というのが相場で、それはこの役がいかに難しいかを物語っている。

 ところが、この無名のバルトリの歌唱には瑕疵(かし)が見つからなかった。磨かれた声は響きが豊かで音圧が高い。低音域では、音圧が高い声が細やかにコントロールされ、夫人の複雑な精神性がニュアンスとしてかもし出される。そして驚くべきは、高い音圧と響きの質を保ったままに高音までストレスなく駆け上がることだ。耳に爽快なすごみとでも言えば伝わるだろうか。加えてアジリタが非常にうまい。これほどのマクベス夫人を実演で聴いたことはなかった。

 ヴェルディはマクベス夫人に「しゃがれた声の暗い響き」の「悪魔的」な声を求めたことは、よく知られている。だが、バルトリの美声はヴェルディの求めた声と異なる、と判断するのは性急だ。ベルカントの時代に通じる声の動きが求められていることからも、ヴェルディがこの役で、正統な歌唱を優先しているのは明らかだ。バルトリはマクベス夫人役の音符を正統的に追うことができる。そのうえ低中音域のメゾソプラノにも通じる暗い響きを生かして、悪魔的なニュアンスを付加できる。理想のマクベス夫人と言うべきだろう。

 しかし、それほどのソプラノがなぜ無名なのか。その答えは簡単だ。彼女は2016年に故郷ヴェローナの音楽院を卒業したばかりで、まだ駆け出しの若手なのである。加えて言えば往年の名ソプラノ、チェチーリア・ガスディアのお嬢さんで、歌手としての血統に不足はない。目をつけたムーティはさすがだが、彼女にとっても、作曲家のねらい通りに声を制御しながらニュアンスや色彩を加味していく方法を、若いいまムーティから学べたことの意味は大きい。しかも、多くの演奏家が学びの機会を失っているコロナ禍においてだから、なおさら価値が高い。

 力強い表現とベルカントの時代の技巧の両立が求められる初期ヴェルディの役に、彼女ほどふさわしいソプラノは、いま見当たらない。あるいは、ノルマやドニゼッティの女王役も高度に歌いこなすのではないだろうか。ポストコロナのオペラ界で引っ張りだこになるに違いなく、それを先物買いのように早い時期に聴けた日本のファンは幸運であった。

筆者プロフィル

 香原斗志(かはら・とし) 音楽評論家、オペラ評論家。イタリア・オペラなど声楽作品を中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や公演プログラム、研究紀要、CDのライナーノーツなどに原稿を執筆。声の正確な分析と解説に定評がある。著書に「イタリアを旅する会話」(三修社)、共著に「イタリア文化事典」(丸善出版)。「イタリア・オペラを疑え!」がアルテスパブリッシングより好評発売中。ファッション・カルチャー誌「GQ japan」web版に「オペラは男と女の教科書だ」を連載中。

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