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あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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東京・春・音楽祭 ムーティ×東京春祭オーケストラ公演

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イタリア・オペラ・アカデミーにおける指導に始まり、今年の「東京・春・音楽祭」開催へ大いに貢献したリッカルド・ムーティ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡
イタリア・オペラ・アカデミーにおける指導に始まり、今年の「東京・春・音楽祭」開催へ大いに貢献したリッカルド・ムーティ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡

 今年の「東京・春・音楽祭」は、巨匠リッカルド・ムーティの来日が実現したことで、俄然(がぜん)意義深いものになった。特にヴェルディの歌劇「マクベス」(演奏会形式)は、劇的で凄絶(せいぜつ)な圧倒的名演。聴衆に鮮烈な音楽を提供しただけでなく、イタリア・オペラ・アカデミーの成果をまざまざと示す形となった。(柴田克彦)

 さて、その延長線上で行われたムーティ指揮/東京春祭オーケストラの公演。モーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」と交響曲第41番「ジュピター」を並べた、一見小ぶりのプログラムが組まれている。「マクベス」で日本人の団体には前例がないほど高精度かつ濃厚・雄弁な音を奏でたオーケストラが、今度はいかなる演奏を聴かせるか? 注目度と期待値はきわめて高い。

 弦の編成は12型で、コンサートマスターの長原幸太(読響コンサートマスター)以下、メンバーは「マクベス」とほぼ同じ。若い世代中心ながらもかなり豪華な布陣だ。だが「ハフナー」が流れ出した瞬間、「マクベス」とは明らかに違う音作りがなされているのを実感する。たっぷりと伸ばされた豊麗な音、柔らかな質感、無用な力の抜けた悠然たる風情……これは、モダン・オーケストラの豊かな響きとしなやかさ(もちろんヴィブラートも)を生かした、スケール大にして丸みを帯びたモーツァルトである。かつてのカラヤンのようなレガートを多用したゴージャス演奏とは異なるものの、ピリオド奏法台頭以降の響きが短くエッジの効いた古典演奏に慣れた耳には懐かしくも新鮮な、昨今珍しいモーツァルトと言っていい。

 音楽のすべてが自然体のごとく運ばれながらも、精度はやはり高い。何より音のバランスやフレージングが絶妙にコントロールされており、特にデリケートな弱音には舌を巻く。第2、第3楽章の優雅・優美な音楽に織り込まれていくこまやかな表情もまた素晴らしい。トータルでみると、「マクベス」同様のテンションを予想していた耳には真逆ともいえる感触だが、作曲家も時代も音楽のテイストも違うし、こうした方向性が今のムーティのモーツァルト観でもあるのだろう。むろんこれはこれで一つの芸だし、その意志はオーケストラにも浸透している。

終演後、聴衆から大きな拍手を受けるムーティ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡
終演後、聴衆から大きな拍手を受けるムーティ (C)東京・春・音楽祭実行委員会/青柳 聡

 後半の「ジュピター」も、当然方向性は変わらない。しかしながら、前記の生き方であっても、曲の性格上、祝祭的で快速調でコンパクトな印象が残る「ハフナー」に対して、こちらは悠揚たる大交響曲の趣。繰り返しもほとんど励行され、演奏時間は約40分だった。第1楽章は、「ハフナー」以上に抑えの効いた運び。いきり立つことなく、悠々とした音楽が展開され、繰り返しの場面で1回目よりも表情がこまやかになる点や、再現部の豊かなニュアンスがとりわけ光る。さらに感心させられたのは、休符の意味深さ。沈黙がもたらす場面転換の妙は、「ブルックナー休止はもしかするとこれが源か?」とさえ思わされた。第2楽章は、弱音のコントロールと音のバランスが終始絶妙で、各フレーズが繊細かつしなやかに綾をなす。「ハフナー」を含めて、緩徐楽章のデリケートな表情は特筆すべき本日の美点と言える。第3楽章はいつになく堂々たる居住まい。さまざまな動きが自然な呼吸の中で悠然と絡み合う第4楽章もスケールが大きい。

 終わってみれば、プログラムの小ぶりさなどまるで感じない。現代主流の諸要素など超越した豊麗で豊穣(ほうじょう)なモーツァルトの世界、すなわち比類なき巨匠芸を味わった、得難い一夜だった(4月22日・ミューザ川崎シンフォニーホール)。

公演データ

【東京・春・音楽祭 リッカルド・ムーティ指揮東京春祭オーケストラ公演】

4月22日(木)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール、23(金)19:00 紀尾井ホール

指揮:リッカルド・ムーティ

管弦楽:東京春祭オーケストラ

モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 K385 「ハフナー」、第41番 ハ長調 K551 「ジュピター」

筆者プロフィル

 柴田克彦(しばた・かつひこ) 音楽マネージメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。

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