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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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子に先立たれるほど…

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 子に先立たれるほど、心の痛むこともないだろう。東京都中央区の会社員、粟美香(あわ・みか)さん(56)も、娘を失った直後、何もやる気が起きなかった▲長女の真友(まゆ)さんは幼いころから歌が好きで、ミュージカル「アニー」にも出演した。中学に入ると曲を作り、詞を書いた。「真友ジーン・」の名でメジャーデビューを目指していた2017年、心不全で突然旅立ってしまう。24歳だった▲粟さんの元には、娘の作った数百の曲、10枚ほどのCD、歌っている映像が残された。こうした「遺品」を前に、「ママがあなたの曲を広めるね」と誓ってみたものの、心は沈み、音楽を聴く気にさえならなかった▲何とか娘の曲に、耳を傾けられるようになったのは19年暮れ。「日々の世界」と題する歌が心に響いた。<やわらかい風吹き 感じたよろこび いまここにいる意味 そうよ ひとりじゃないから>。娘に励まされた▲新型コロナウイルスの流行がやまない。愛する者を亡くし、他者との交流を制限され、多くの人が心身に傷を負っている。粟さんは思った。「真友の曲で人を勇気づけたい。私が元気になれたように」▲先日、粟さんは個人でインターネットラジオ「鳥越アズーリFM」(東京都台東区)の番組枠を買った。月に1回、土曜の午後1時から、粟さんがパーソナリティーとなって娘の曲を紹介する。初回は29日だ。伝えたいメッセージは、「ひとりじゃない」。コロナの流行下、人はそれぞれの場所で、誰かの役に立とうとしている。

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