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世界各国で計画された暗殺作戦 ビンラディン裏ファイル⑤の2

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米軍が1999年5月に「誤爆」したベオグラードの中国大使館。大きな批判を浴び、ビンラディン暗殺計画にも影響を与えた=2004年、会川晴之撮影
米軍が1999年5月に「誤爆」したベオグラードの中国大使館。大きな批判を浴び、ビンラディン暗殺計画にも影響を与えた=2004年、会川晴之撮影

 米同時多発テロ(9・11)事件が起きる前、ビンラディンを暗殺する計画は何度もあった。1990年代半ばまでは母国サウジアラビアが、以降は米国が彼の命を狙った。

 ビンラディンは79年12月にソ連がアフガニスタンに侵攻した直後、ムジャヒディン(イスラム聖戦士)支援のため隣国パキスタンに飛ぶ。神を信じぬ共産主義者がイスラムの地を侵略した事件はイスラム世界全体を揺さぶる。イスラムの盟主を自任するサウジはもちろん、中東などイスラム諸国から多くの浄財がビンラディンのもとに集まった。

 戦いに敗れたソ連軍は89年2月にアフガンから撤退、ビンラディンも帰国した。英雄的な活動は称賛を浴び、王室も特別扱いでねぎらう。AK47自動小銃の携行を認め、治安維持のため禁止されていた遮蔽(しゃへい)用の黒いフィルムを車の窓ガラスに張ることも許した。

 90年8月2日、イラクが隣国クウェートを侵攻したことで、ビンラディンの人生は変わり始める。…

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