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帝京大ラグビー部「赤い旋風」をもう一度 惨めな思い、もう嫌だ

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第57回全国大学選手権準決勝で勝利し歓喜に沸く早大の選手たち(奥)と、敗れて天を仰ぐ帝京大の細木康太郎(手前)=東京・秩父宮ラグビー場で2021年1月2日、滝川大貴撮影
第57回全国大学選手権準決勝で勝利し歓喜に沸く早大の選手たち(奥)と、敗れて天を仰ぐ帝京大の細木康太郎(手前)=東京・秩父宮ラグビー場で2021年1月2日、滝川大貴撮影

 9連覇の偉業は過去のものなのか。帝京大ラグビー部は今年1月、第57回全国大学選手権の準決勝で早大に敗れ、3大会連続で優勝を逃した。跳びはねる赤黒のジャージーを横目に仰いだ青空が涙でにじむ。「また、負けてしまった」。当時3年で現主将のFW細木康太郎(21)は入学前、こんな惨めな思いをするとは想像していなかった。

 6点を追う終了間際、帝京大は早大にボールを保持された。奪い返せば逆転の可能性がわずかに残る。細木は鋭い走り出しから懸命にチャージしたが、最後はタッチラインの外にボールを蹴り出され、ノーサイドの笛を聞いた。他の選手もボールを追っていたが、細木の記憶では「誰も追いかけていなかった」。少なくともボールに執着する姿には映らなかった。「最後の最後まで追い切りたい。そういうチームでありたい。日本一になりたい。勝ちたい。絶対に勝たないといけない」と心に刻んだ。

 「不振」「長いトンネルに入った」。優勝に届かなかった直近の3シーズンで2度も4強入りしながら、ラグビー関係者の間ではこんな声が聞かれる。チームには「日本一」を知る世代がいなくなった。

 早大や慶大、明大など、戦前に創部した伝統校としのぎを削る関東大学対抗戦グループに帝京大が正式加入したのは1978年。何度も壁にはね返されながら2009年度の第46回大会で選手権を初制覇し、史上最長の9連覇と黄金期を築いた。勝利を重ねることで地位を確立したが、今回、決勝で連覇を狙った早大を天理大が破って初の頂点に立ったように、勢力図は刻々と塗り替えられている。

入部を後悔した「幼さ」

 新体制で同級生から主将に推薦されたのは、2年からレギュラーで活躍する細木だった。高校まで主将経験がなく、大学でも学年のリーダーを務めていなかったが、「キャプテンとして何かを働きかけたい。試合に出続けていた人間がなるべきだ」と迷わず引き受けた。1学年上の先輩に「勝たないと意味がない」「帝京大は人間的な成長や社会での活躍を目標に掲げるが、大学生のうちに日本一になることが責任だ」と激励され、自身もそう思った。

 新潟市で生まれ、東京都町田市で育った細木は父の勧めで中学1年からラグビーを始めた。体の強さと闘争心を前面に出した突破力、接点でのパワーを武器に、神奈川・桐蔭学園高3年の時に全国大会で4強入り。早大や明大からも誘われたが、日本一になりたかった。9連覇を達成した王者・帝京大を進路に選んだが、細木が1年の時に明大が22大会ぶり、2年時は早大が11大会ぶりに優勝した。

 「正直、想像していた未来とは全然違った。悔しくて、1年の時にはあっちの大学に行けば良かっ…

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