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わが町にも歴史あり・知られざる大阪

人知れず建つ碑や地名などをよすがに、今につながる大阪の知られざる歴史を掘り起こします。

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わが町にも歴史あり・知られざる大阪

/554 東高野街道/50 /大阪

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大阪府内で唯一残っている垣内掩体壕=八尾市垣内で2020年12月14日、松井宏員撮影
大阪府内で唯一残っている垣内掩体壕=八尾市垣内で2020年12月14日、松井宏員撮影

 ◆八尾市

戦時期語る、掩体壕

 掩体壕(えんたいごう)は個人の畑の中にあるので、勝手に立ち入ってはいけない。脇を小道が通っているので、そこから見ることができる。前回の善光寺からだと、お寺の前の道を南に下り、右手にカーブする道なりに進み、左手の細道に入れば行き着く。

 間口28メートル、高さ6メートル、奥行き10メートル(本来は21メートル)。所在地の名を取って垣内(かいち)掩体壕と呼ばれる。すぐ横で野菜が青々と茂っていて、掩体壕の中も用具置きなどに利用されている。のどかな光景なんだけれども、一目見て、軍用機を避難させる立派な軍用施設だったとわかる人は少ないだろう。

 なんでここに掩体壕があるか。約3・5キロ南西に、陸軍が接収した大正飛行場があったからだ。今の八尾空港のことで、コンクリート舗装された1600メートルと1300メートルの二つの滑走路を持ち、中国・四国から中部地方までの防空を担っていた。

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