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高山・一茶ゆかりの里 一茶館 生々しい日記から味ある絵まで /長野

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「名月のご覧の通り屑家哉」の俳句と座った姿の自画像が描かれた扇子=長野県高山村高井の一茶館で
「名月のご覧の通り屑家哉」の俳句と座った姿の自画像が描かれた扇子=長野県高山村高井の一茶館で

 5月半ばの晴れた日、高山村の「一茶ゆかりの里 一茶館」を訪ねた。一茶は1809(文化6)年に47歳で現在の高山村の地の俳人を訪れ、1827(文政10)年に65歳で亡くなるまで俳諧の指導で頻繁に訪れた。山深い地での一茶と俳人の交流に興味を持った。

 一茶館は俳句が書かれた短冊や掛け軸などからメモ代わりに句を付け木(着火用の木片)に書いたものまで50点以上の一茶の自筆資料を所蔵。一茶の門人の家で家宝として保存されてきたものだ。敷地には一茶がこの地の俳人、久保田春耕宅を訪ねた際に滞在した約45平方メートル(約13・5坪)の離れも移築され、当時がしのばれる。

 一茶は江戸時代の1763(宝暦13)年、現在の信濃町柏原の農家に生まれ、3歳で母と死別し、8歳の頃に父が再婚した継母になじめず15歳で江戸に奉公に出た。その後の10年の生活は不明だが一茶は葛飾派の俳人に師事、27歳で秋田県など奥州へ旅した。また30歳から6年、大阪、京都から四国、九州まで西国へ修行の旅を続けた。展示室は年表や直筆資料のほかジオラマなども交え、一茶の生涯を紹介する。

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