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ミャンマークーデター

ミャンマー国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー氏らを拘束。市民や国際社会からは抗議と批判が相次いでいます。

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「今も夢諦める若者、悲しい」 日本に亡命のミャンマー人記者

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毎日新聞のインタビューに答えるミャンマーメディア「ビルマ民主の声」のゾーゾーライン記者=東京都内で2021年5月11日、渡部直樹撮影 拡大
毎日新聞のインタビューに答えるミャンマーメディア「ビルマ民主の声」のゾーゾーライン記者=東京都内で2021年5月11日、渡部直樹撮影

 今年2月、国軍によるクーデターが起きたミャンマー。日本に住む3万人を超えるミャンマー人は母国の現状に胸を痛め、不安な日々を送っている。東京都内に住むゾーゾーラインさん(56)は1988年に起きた大規模な反政府デモに参加。逮捕を恐れて日本に亡命した。現在はミャンマーメディア「ビルマ民主の声」の特派員として、在日ミャンマー人によるデモなどを取材している。「今の若い子たちも夢を諦めて民主化のために頑張っている。それが悲しい」と話すゾーゾーラインさんに、今の気持ちを聞いた。【渡部直樹/写真映像報道センター】

ミャンマーメディア「ビルマ民主の声」記者 ゾーゾーラインさん(56)

 私はノルウェー政府が支援している「ビルマ民主の声(DVB)」というメディアで記者をしています。(日本国内で)デモを取材したり、日本政府はミャンマーに対してどういう声を出しているかなどを取材したりしてニュースにしています。

 私たちのメディアでは国軍によるクーデターの1カ月ほど前からクーデターが起きるのではと心配していました。2月1日の朝に本当のことになり他の在日ミャンマー人にも声をかけて渋谷区の国連大学の前で(クーデターに反対する)デモをしました。涙が出ました。クーデターには絶対になってほしくなかったです。

毎日新聞のインタビューに答えるミャンマーメディア「ビルマ民主の声」のゾーゾーライン記者=東京都内で2021年5月11日、渡部直樹撮影 拡大
毎日新聞のインタビューに答えるミャンマーメディア「ビルマ民主の声」のゾーゾーライン記者=東京都内で2021年5月11日、渡部直樹撮影

 今のヤンゴンの状況はとても大変なことになっています。デモをしている人に(軍が)銃を向けて、犠牲者も一日一日増えて800人くらい(5月11日の取材当時)になっています。私も母国の国民と一緒に毎日心配しています。言葉にできないくらいです。国民は内戦になったらどうやって生活するか準備をしています。国内での取材は厳しくなり記者も顔は出せなくなっているので、一般の人が携帯などで(動画や写真を)撮って、テレビ局にメールなどで送ってもらって発信している状態です。

 私は子どもの時から家や橋をつくるのに興味があり、ヤンゴン工科大(当時はラングーン工科大)に入りました。在学中の88年3月、工科大の学生と市民との衝突に警察が介入したことを発端に大学内でデモが起き、私も参加しました。深夜0時ごろ、誰か銃で撃たれた声が聞こえました。私から20~30メートルほどのところで(参加していた)1人が倒れたのです。私たちが普通にデモをしたのを弾圧され、学生たちが殺されている。許せないと思いました。その後もデモに参加しましたが、国内にいたら逮捕されるかもしれないと思い、タイを経由して日本に来ました。それがなければ普通に大学を卒業して普通にエンジニアになろうと思っていました。

 30年たって、今の若い人たちも自分の夢を諦めて民主化のために頑張っています。それが一番悲しいです。私は自分の夢が過去と全然違う物になってしまいました。今の若い人たちにはそういうふうになってほしくないです。自由に生きられるように、自由に国民が勉強したり生活したりできるようになるためには、民主化しなければならないと思います。残っている人生はDVBの記者としてミャンマーが民主化するまで生きていこうと思います。

【ミャンマークーデター】

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