カメラ通し足跡たどる 雲仙・普賢岳で父亡くした女性が写真出展

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雲仙岳災害記念館で開催中の企画展に写真を出展している矢内美春さん。大火砕流で父万喜男さんを亡くした=長崎県島原市の同館で2021年5月16日午後0時57分、近藤聡司撮影
雲仙岳災害記念館で開催中の企画展に写真を出展している矢内美春さん。大火砕流で父万喜男さんを亡くした=長崎県島原市の同館で2021年5月16日午後0時57分、近藤聡司撮影

 死者・行方不明者43人を出した1991年6月3日の雲仙・普賢岳(長崎県)の大火砕流では、取材中の報道関係者が多数犠牲になった。大火砕流から30年に合わせ雲仙岳災害記念館(同県島原市)で開催中の企画展には、NHKの報道カメラマンだった父親を1歳の時に失った東京在住の会社員、矢内(やない)美春さん(31)が写真を出展している。父が趣味で愛用していたフィルムカメラを手に何度も島原に通い、物心がつく前に亡くなった父の足跡をたどった美春さんは「父のおかげで島原とつながることができた」と語る。

 父万喜男(まきお)さん(当時31歳)は6月3日、普賢岳の噴火災害を取材する報道関係者の取材拠点だった島原市の「定点」付近で大火砕流に巻き込まれ、約3週間後に帰らぬ人となった。

 美春さんに当時の記憶は全くない。それでも子どもの頃から6月3日は毎年、前橋市の父の実家に墓参りに出かけた。祖母から「目元が万喜男に似てるね」と言われる度に戸惑った。父との思い出がなく、…

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