特集

ヘイトスピーチ

特定の民族や人種など人の尊厳を傷つけるヘイトスピーチは、どんな形であっても許されません。なくすためにはどうする?

特集一覧

ヘイトクライムは人ごとではない 「解消法」施行5年でも絶えぬ差別

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
川崎駅前で、ヘイト街宣を繰り返してきた団体に抗議してプラカードを掲げる市民(手前)=川崎市川崎区で2020年11月22日、後藤由耶撮影 拡大
川崎駅前で、ヘイト街宣を繰り返してきた団体に抗議してプラカードを掲げる市民(手前)=川崎市川崎区で2020年11月22日、後藤由耶撮影

 特定の人種・民族を標的とした暴力、脅迫――。新型コロナウイルスの感染拡大後、米国で増加したアジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)は日本でも報じられ、注目を集めている。だがこの問題、決して人ごとではない。川崎市在住の在日コリアン3世、崔江以子(チェ・カンイジャ)さん(47)が自身に届いた殺害を示唆する文書を公表し、国などに対策強化を要求。崔さんは過去にも複数回、ヘイトクライムの被害を受けている。川崎での被害が立法事実とされたヘイトスピーチ解消法施行から6月3日で5年。現状と課題を追った。【後藤由耶/写真映像報道センター】

おことわり:この記事では、差別の実態を伝えるため、ヘイトスピーチをそのまま掲載している箇所があります。

「いつ襲われるか」外出時は防刃チョッキ

殺害を示唆する文書を送りつけられた「川崎市ふれあい館」の崔江以子館長=川崎市川崎区で2021年4月7日、後藤由耶撮影 拡大
殺害を示唆する文書を送りつけられた「川崎市ふれあい館」の崔江以子館長=川崎市川崎区で2021年4月7日、後藤由耶撮影

 「いつどんな形で襲われるか分からず怖い」。3月18日、川崎市の多文化交流施設「市ふれあい館」に館長宛ての一通の封書が届いた。館長の崔さんが開封すると茶色い物体が目に飛び込んできて思わず声を上げた。以前もゴキブリ入りの封筒が送りつけられたことがあったからだ。異変に気づいた同僚が確認すると、開封された茶色い菓子袋だった。

 同封の文章には「朝鮮人豚ども根絶やし最大の天罰が下るのを願ってるコロナ入り残りカスでも食ってろ自ら死ね」と書かれていた。「死ね」の文字が14回続き、最後は「殺ろ」で結ばれていた。ウイルスが付着しているのではと心配になり、同僚と一緒に手を何度も洗ったという。警察は脅迫容疑で捜査を開始。崔さんは自衛のため、外出時は防刃チョッキを着る生活を強いられている。

殺害を示唆する文書を送りつけられた「川崎市ふれあい館」の崔江以子館長が身に着けている防刃チョッキ=川崎市川崎区で2021年4月7日、後藤由耶撮影 拡大
殺害を示唆する文書を送りつけられた「川崎市ふれあい館」の崔江以子館長が身に着けている防刃チョッキ=川崎市川崎区で2021年4月7日、後藤由耶撮影

 崔さんに対する攻撃が始まったのは2016年。解消法の国会審議の過程で、川崎市南部でのヘイトデモの被害実態を国会で証言したことなどがきっかけだった。解消法は成立したが、一方で崔さんを標的とする攻撃が始まった。

 19年にはツイッター上の人種差別的な投稿で崔さんの名誉を傷つけたとして、男(当時50代)が神奈川県の迷惑行為防止条例違反で罰金の略式命令を受けた。20年には在日コリアンの虐殺を宣言する年賀状が同館に、市には同館の爆破予告が届いた。元市職員(当時60代)の男が検挙され、後に有罪となった。だが、加害者を特定できたのはごく一部。多くは特定できていないという。

川崎駅前で、ヘイト街宣を繰り返してきた団体に抗議してプラカードを掲げる市民=川崎市川崎区で2020年11月22日、後藤由耶撮影 拡大
川崎駅前で、ヘイト街宣を繰り返してきた団体に抗議してプラカードを掲げる市民=川崎市川崎区で2020年11月22日、後藤由耶撮影

 「『出て行け』と言われるとか、『死ね』って言われるのでなく、ただただ普通に暮らしたい」と崔さん。「米国で起きているヘイトクライムに痛みを感じられる人は、日本で起きているこの被害も同じように許さないと思ってくれると信じたい」と話す。

川崎駅前で活動する、ヘイト街宣を繰り返す団体のメンバー=川崎市川崎区で2021年2月13日、後藤由耶撮影 拡大
川崎駅前で活動する、ヘイト街宣を繰り返す団体のメンバー=川崎市川崎区で2021年2月13日、後藤由耶撮影

 コリアンタウンで知られる東京・新大久保や大阪・鶴橋など全国各地では13年以降、激しいヘイトデモが繰り返されたが、解消法成立後には大幅に減った。しかし、日本初の反人種差別法である解消法は、「ヘイトスピーチは許されない」と宣言する理念法で罰則はない。その後も続くヘイトスピーチ被害に対応するため、川崎市は19年、全国初の刑事罰を科す条例を制定。しかし、今も街頭でのヘイト街宣が繰り返され、市内の在日コリアンを標的にした差別の落書きは20年だけで計29件を数える。人権問題を所管する市民文化局の中村茂局長は「(条例は)国に対する自治体からのメッセージだと受け止めていただきたい」と話す。

法務省人権擁護局の職員(左)にヘイトクライムを止めるための緊急対策を求める声明を手渡す外国人人権法連絡会のメンバー。右端は同席した崔江以子さん=東京・霞が関の法務省で2021年4月23日、後藤由耶撮影 拡大
法務省人権擁護局の職員(左)にヘイトクライムを止めるための緊急対策を求める声明を手渡す外国人人権法連絡会のメンバー。右端は同席した崔江以子さん=東京・霞が関の法務省で2021年4月23日、後藤由耶撮影

 川崎市の福田紀彦市長は4月6日、定例記者会見で差別脅迫文書を「決して許されない」と強く非難。崔さんは「市長の公人としての発信が大変心強かった」と振り返る。米国でもアジア系女性が殺害された事件を受け、就任早々のバイデン大統領とハリス副大統領がすぐに現地を訪れ事件を非難している。ヘイトスピーチ問題に詳しい師岡康子弁護士は「公人が先頭に立って現場に行ったりヘイトクライムを許さないとの姿勢を明らかにしたりすることが、社会を変える力になる」と指摘。日本でも同種の事件発生時には、首相が速やかに非難する発信をしてほしいと期待する。

 崔さんに対する脅迫文書を受け、弁護士や学者らで作るNGO「外国人人権法連絡会」は4月23日、法務省を訪れ、「ヘイトクライムを実際に止めるための対策」を求めた。5月13日には市民団体「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」が、条例の実効性ある運用を求める署名1万3561筆を川崎市に提出。在日コリアン2世の石日分(ソク・イルブン)さん(89)は「鳥肌が立つ怖さを感じます」と声を震わせた。

「国は死人出ないと動かないのか」

 師岡弁護士はヘイトスピーチ被害の現状について、「解消法で止まらないどころか、ヘイトクライムという形で悪化して非常に危険な状態」と危機感を示し、明確な姿勢を示さない国に「死人が出ないと動かないのか」と語気を強める。「ヘイトクライムやヘイトスピーチは人間としての尊厳を根本的に踏みにじり、属性によって社会の一員と認めないものであり、深刻なものは犯罪として処罰すべきです」として、ヘイトスピーチを含む人種差別を禁止し、なくすための包括的な法制度や政策を求める。

【ヘイトスピーチ】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

注目の特集