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今尾恵介の地名探検記

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今尾恵介の地名探検記

/6 江東・洲崎 帝大から遠ざけられた遊郭 海望む町に眠る歴史 /東京

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大門通り=江東区で
大門通り=江東区で

 東京メトロ東西線の木場駅から東へ歩いて数分の東陽三丁目交差点(江東区)。これを南へ折れるとすぐ短い上り坂がある。

 洲崎橋の痕跡で、かつては洲崎川という運河が東西に通じていた。過ぎればすぐ下り坂で、そこから中央分離帯のある、妙に幅広い「大門通り」になる。地図をよく見ればこの通りの両側は整然たる区画だが、隣接する区域より南北の座標軸が少し西に傾いているので目立つ。

 現在では東陽一丁目となったエリアは1967(昭和42)年まで洲崎弁天町と称した。洲崎遊郭の跡地である。もとは本郷区(現文京区)の根津にあったが、帝国大学がすぐ近くにキャンパスを構えることになり、「風紀上よろしくない」として、学生からこれを遠ざけるべく、1888(明治21)年に平井新田地先の埋め立て地に移したものである。1902(同35)年には妓楼(ぎろう)110軒などが軒を並べたという。

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