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東京へ ともに歩む

毎日新聞

リオデジャネイロ・オリンピックの開会式で入場行進する難民選手団=リオデジャネイロのマラカナン競技場で2016年8月5日、梅村直承撮影

東京・わたし

「応援団に…」難民選手団のホストタウン目指す文京区長の思い

 東京都文京区が、母国から出場できないアスリートで構成された難民選手団のホストタウンになることを目指している。成沢広修区長(55)はどのような狙いで、立候補しているのだろうか。【聞き手・本橋由紀】

    6月20日の「世界難民の日」への準備を進めているという=東京都文京区で2021年5月25日、宮本明登撮影

     ――難民選手団は2016年のリオデジャネイロ大会で初めて結成されました。難民選手団に関心を持たれたきっかけは?

     ◆世界的な課題である難民問題について、オリンピック・パラリンピックを機に子どもたちに学んでもらう場を提供しようと思ったことです。

     さかのぼると11年の東日本大震災になります。区の姉妹都市にドイツのカイザースラウテルンという都市があるのですが、震災の被災者への復興支援のため、その市民が当時500万~600万円の寄付金を寄せてくれました。人口は10万人ほどですが、チャリティーコンサートやバザーで集めてくれたのです。そのお金は区を経由して、区の職員が避難所の運営に協力した岩手県釜石市の学校建築に使ってもらいました。

     その後、シリア紛争などが起き、ヨーロッパに難民が押し寄せるようになりました。ドイツではメルケル首相が自治体ごとに難民を割り当て、カイザースラウテルンにも難民が来ました。その中に保護者と一緒に避難できず子どもたちだけで来た18歳以下の難民がいました。その子たちは寮で生活して、社会復帰するために教育を受けなければなりません。ドイツ語も習得しなければならない。その教育プログラムにお金が必要になり、区は17年度からふるさと納税を使って、その資金にあてるための寄付を募るようになりました。このプログラムで、子どもたちは就職や、大学に進学するようになりました。

     ――国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計によると、世界中の難民の数は約8000万人。全人類の約1%、97人に1人が故郷を追われています。

     ◆ものすごい数です。国内ではまだあまり関心は高くありませんが、子どもたちには世界に目を向けてほしい。これまでも、UNHCRと協力して、リオ大会の翌年に難民選手団のパネル展示を開催したり、シビックセンター(区役所)の小ホールで難民映画祭をしたりしてきました。

     ――いつごろからホストタウンになるための打診をしてきたのですか?

     ◆文京区はドイツのホストタウンでもあるのですが、難民は母国の大使館と接触したら何があるかもわからないリスクがあります。そうした人たちに対して応援団の役割を果たすところがあるべきではないかと、かなり前から、「やりたい」と申し出ていました。スポーツの祭典としてのオリンピック・パラリンピックだけじゃなくてそこに込められた平和や人権を学ぶことが大切だと考えたからです。ただ、IOC(国際オリンピック委員会)やIPC(国際パラリンピック委員会)もまだ、難民選手団の結成について決めていなかった時期なのでしばらく宙に浮いていました。

     ――コロナ対策で、選手との直接の交流は難しい状況です。具体的にはどのような活動をしているのでしょうか?

     ◆6月20日の世界難民の日にUNHCRに協力してもらい特別講座をやります。難民問題の状況や難民選手団、アスリートの紹介をする講演のほか、大人向けのワークショップ「いのちの持ち物けんさ」もあります。命以外の大切なものをすべて失ったことを想定しグループディスカッションなどをしながら、自分と向き合い、自分にできることは何かを考えるきっかけをつくること、難民について知ってもらうものです。併せて26日までの7日間、日没から午後9時までシビックセンターを「国連ブルー」にライトアップしたり、難民アスリートの写真展をしたり、夏休みには親子ワークショップをしたりします。中高生の秘密基地というコンセプトで楽器の練習や勉強、軽い運動などができる施設b-lab(ビーラボ)では、パラ競技の勉強をしており、そこで選手団へのメッセージを集めるほか、こども記者による選手団のインタビューなどもできればいいと思っています。

    「難民の問題を知ってほしい」と語る成沢広修・文京区長=東京都文京区で2021年5月25日、宮本明登撮影

     ――コロナがいろいろな事業を難しくしていますね。

     ◆本来なら、事前キャンプを受け入れようと思っていましたし、ホテルを確保して大会後、選手のみなさんの講演会を開くことなども考えていたのですが、大会中止を求める声が高まっている状況なので、オンラインも活用して進めます。子どもたちとの交流は無理してやることではないと思っています。でも、仮に、仮にですよ、大会が中止になったとしても難民のことを学ぶ機会を提供することはとても大事なことなので、ワークショップなどは力を入れてやっていきたいです。

     ――オリンピック・パラリンピックに対しての個人的な思い入れなどはありますか?

     ◆1984年ロサンゼルス大会での柔道、山下泰裕氏とラシュワン氏の決勝や、(いずれも競泳で金メダルの)88年ソウル大会での鈴木大地氏、92年バルセロナ大会での岩崎恭子氏、04年アテネ大会での北島康介氏の「チョー気持ちいい」など、記憶していることはあります。オリンピックが子どもたちの一生の記憶に残る大会となると良いですね。

     ――これまで区で取り組んできた、東京2020大会の機運醸成はどのようなことがありますか?

     ◆ホストタウンとして19年にシビックセンターと礫川(れきせん)公園で行ったドイツのクリスマスマーケット、スポーツセンターを改修したときのオープニングイベント、こども新聞などには力を入れてきました。これから聖火リレーもある予定ですし、難民選手団のホストタウンとして、できるだけのことをしていきたいと考えています。

    なりさわ・ひろのぶ

     1966年、東京都文京区生まれ。駒沢大学卒業、明治大学公共政策大学院修了。91年から文京区議4期。2007年4月から区長(現在4期目)。10年には地方自治体の首長として初めて育児休業を取得した。

    本橋由紀

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/東京編集編成局編集委員。1963年東京都生まれ。1987年入社。東京社会部、英文編集長、夕刊編集部デスクなどを経て2011年に福島支局長、13年地方部長など。18年7月から現職。高校時代は水泳部、早稲田大学ではラグビー蹴球部副務を務めた。17年のつくばマラソンを3時間43分59秒で走り、ベストを更新した。