泊まればわかる? 黒川紀章「カプセル建築」の現代的意義

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カプセルハウスKの外観=山田新治郎撮影(カプセル建築プロジェクト提供)
カプセルハウスKの外観=山田新治郎撮影(カプセル建築プロジェクト提供)

 世界的建築家の知られざる“原点”がベールを脱ぐ。黒川紀章(きしょう)(1934~2007年)の「カプセル建築」が、早ければ今夏にも宿泊施設に生まれ変わる見通しとなった。長野県御代田(みよた)町にある黒川の別荘「カプセルハウスK」(73年建築)。円い窓がある立方体の部屋を組み合わせたその形状は、黒川の代表作として知られる東京・銀座の集合住宅「中銀カプセルタワービル」を思い起こさせる。黒川の再評価につなげたいと考える、長男の未来夫(みきお)さん(55)らが仕掛けた「カプセル建築プロジェクト」の一環だ。

 黒川は丹下健三(故人)に師事し、国立民族学博物館(大阪府吹田市)、クアラルンプール新国際空港(マレーシア)などを手がけた。晩年までエネルギッシュに活動し、07年1月開館の東京・六本木の国立新美術館を完成させた。同年4月の東京都知事選、7月の参院選と相次いで立候補し、いずれも落選。その年の10月に73歳で亡くなった。

 カプセルハウスKは、その黒川の初期の作品だ。耐用年数が過ぎると生物の細胞が新陳代謝するようにカプセルごと交換できる造りになっている。根底にある建築思想「メタボリズム」(新陳代謝の意味)は、黒川が高度経済成長期だった60年代に提唱。新たな都市建築のあり方として世界的に注目を集めた。

 黒川は69年に発表した「カプセル宣言」で、カプセル建築について「ホモ・モーベンス(動く人)のための住まい」と定義付けた。カプセルを組み合わせた住居は部屋の選択や間取りの変更が自由で、カプセルを分解すれば移動も簡単にできる。宣言では、そのカプセルについて「動く建築の時代の到来を告げる」と高らかにうたった。

 だが残念ながら、建築物として各地に広がっていくには至らなかった。黒川が内装と外装を手がけた現存のカプセル建築は、72年完成の中銀カプセルタワービルも含めた2棟だけ。いずれも現時点で、カプセルを交換する「新陳代謝」は行われていない。都心にあって注目を集めた中銀カプセルタワービルは老朽化が進む。

建物内に茶室も完備

 別荘が建つ御代田町は、避暑地として知られる軽井沢町の西隣にある。山中にある建物は四つのカプセルとその中央に位置するリビング・主寝室から成る。立方体の形状に円い窓を備えており、外観、内観ともシンプルでどこか近未来を想起さ…

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