党首討論「死んだも同然なのは安倍さんの問題」 野田元首相

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党首討論で発言を終え、持ち時間が終了したと思い立ち上がりかけた安倍晋三自民党総裁(当時、左)を前に、発言する野田佳彦首相(同、右)=国会内で2012年11月14日、藤井太郎撮影
党首討論で発言を終え、持ち時間が終了したと思い立ち上がりかけた安倍晋三自民党総裁(当時、左)を前に、発言する野田佳彦首相(同、右)=国会内で2012年11月14日、藤井太郎撮影

 菅義偉首相が9日に初めて臨む国会の党首討論。約7年8カ月続いた第2次安倍政権下では議論がかみ合わない場面が目立ち、「歴史的使命は終わった」とも言われたが、丁々発止のやり取りは復活するのだろうか。「党首討論が死んだも同然なのは安倍晋三前首相の属人的な問題だ」。民主党政権時代の2012年、衆院解散日を電撃表明し「名場面」を作った野田佳彦元首相(立憲民主党)はそう語り、9日の党首討論に注目する。【田中裕之】

約束ができるなら解散日を答えようと

 ――党首討論にはどんな思いで臨んだのですか。

 ◆党首討論は12年の安倍さんの時だけでなく、(その前の自民党総裁の)谷垣禎一さんとも3回やっています。与党と野党第1党の党首同士の言葉を通じた果たし合いのつもりで、極めて緊張感を持っていました。国会審議が膠着(こうちゃく)しているような問題もトップ同士の議論で合意可能なものが見えてくれば成功だと思っていて、一生懸命戦っている間に何か光明が見えてくる瞬間もある。安倍さんとの党首討論は解散日の表明という究極の形になったから記憶に残っているのかもしれません。私と谷垣さんの討論の議事録をご覧いただくと、非常に実りのある議論ができています。

 ――安倍氏との討論で解散日を表明しようと思ったのはなぜですか。

 ◆民主党は鳩山由紀夫代表の時に政権を取り、(安倍氏と討論した)当時は衆院議員の残りの任期が限られていました。どこかで解散をしないといけなかったのですが、解散するなら大きな政治的な合意ができたり、政治を前進させたりしないと意味がない。それができればという思いで、安倍さんとの党首討論に臨みました。国民が見ている前で、党首同士で約束ができるなら解散日を答えようと思っていました。数日前には心の中で決めて、キーパーソンには「言うかもしれない」と伝えていました。

 ――解散日を表明された安倍氏は驚いたようにも見えましたが、あの場ではどう見えていましたか。

 ◆(安倍氏について)こういう評価をしたらどうでしょうか。…

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