研究者の中国拘束2年 潔白主張、信じる息子「一人にさせない」

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札幌市内の自宅でくつろぐ袁克勤元北海道教育大教授=2017年7月(提供写真)
札幌市内の自宅でくつろぐ袁克勤元北海道教育大教授=2017年7月(提供写真)

 東アジア戦後史の研究者、袁克勤(えんこくきん)元北海道教育大教授(65)が、実母の葬儀に参列するため中国に一時帰国した際、当局に拘束されて、5月末で丸2年が過ぎた。袁元教授はスパイ罪で起訴されたが、潔白を主張している。近年、同様に中国で拘束される日本在住の研究者が相次いでいる。【鈴木英生】

 袁元教授の長男で会社員の袁成驥(えんせいき)さん(29)によると、拘束されたのは2019年5月29日。長春駅の駐車場で袁元教授の妻の弟が運転する車から降りた時だった。袁元教授と妻は正体不明の男たち4、5人に頭から黒い袋をかぶせられて、別々の車で連れ去られたという。3日後に妻だけが解放された。

 袁元教授は4日前の25日に母親の葬儀に参列するため、北海道から中国の大連市に妻と飛んだ。26日に長春市へ列車で移動して28日に葬儀へ参列していた。拘束された日は、列車で長春駅から妻の実家へ向かう予定だった。

 妻は、拘束中に脅されたのか、かなりおびえているようだった。同年6月中旬に、いったん日本へ戻り、北海道教育大に、袁元教授が「高血圧の治療のため日本に戻れない」と、うその報告をした。また、自宅から袁元教授のパソコンや著書を中国に持ち帰った。当局に提出したと思われる。その後も長春市にいる。

 6月以降、ある親族が袁元教授と連絡が取れないことを不審に思い、繰り返し妻を追及した。妻も一人で抱えきれなくなり、7月上旬にようやく袁元教授の拘束を明かした。以後も、妻は袁元教授の件に消極的で、弁護士を雇うことにも反対。親族は、妻が「まったく人が変わった」と嘆いているという。

 袁元教授は、長春市の第3看守所に拘束されている。親族の面会は一度も認められていない。衣類などを差し入れてきたが、受領証をもらうだけで、本当に渡っているかはわからない。

 拘束を証明する書類も、昨年3月26日に中国外務省が記者会見で拘束を認めるまで、発行されなかった。つまりそれまで、状況証拠では拘束が明らかなのに、公には、単に「行方不明」だった。

 袁元教授は、1984年に来日して90年に一橋大の大学院博士課程を出て以降、一貫して日本の国立大で働いてきた。それでも、中国国籍なので日本政府は動きにくいように感じる。

 袁元教授の友人の研究者らでつくる「袁克勤教授を救う会」は、アムネスティ・インターナショナルなどの国際人権NGO(非政府組織)と情報共有をしたり、国連の人権関連のワーキンググループに連絡したりしているが、有効な対応はできていない。成驥さんは「せめて、父の件を一人でも多くの方が心配することで状況が変わってほしい」と訴えている。

「立場を問わず拘束される」

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