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小説「無月の譜」

将棋の駒をめぐる探求の物語。失われた名品の駒を求め、ある挫折感を抱えた男が旅に出ます。作・松浦寿輝さん、画・井筒啓之さん。

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小説「無月の譜」

/182 松浦寿輝 画・井筒啓之

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 ――そのどれ一つ取っても、盤駒屋へ持っていけば、相当の高値で買い取ってくれたはずなんだ。ところが、やつはそうしなかった。いや、それどころか……。

 出征が決まったとき、関青年はこんなことを言ったのだという。――「己(おの)れ殺して国生かせ」なんて政府は宣伝してるけどな、偉そうにお説教してるけどな、「己れ殺して」なんて言われるのは迷惑な話じゃないか。もちろん、この聖戦には何としても勝たなくてはならない。英米の侵略の野望を叩(たた)き潰し、わが日本の未来、大東亜の未来を切り拓(ひら)かなくてはならない。おれとしても一兵卒として、身を挺(てい)して戦うつもりだ。しかしなあ、だからと言って命まで投げ打つ気はないよ。おれはきっと、生きて帰ってくる。お国のためにあっさり死ぬ気なんか、あるもんかい。「己れ生かして国生かせ」だ。そうでなきゃ困る。だって、おれにはやりたいことがあるん…

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