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あの感動の調べをもう一度。注目公演の模様を鑑賞の達人がライブ感たっぷりに再現します。

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一貫した「浄化」のプロセス〜ダニエル・バレンボイムのピアノ・リサイタル

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日本では16年ぶりの単独リサイタルを行ったダニエル・バレンボイム (C)堀衛
日本では16年ぶりの単独リサイタルを行ったダニエル・バレンボイム (C)堀衛

 ダニエル・バレンボイムのピアノ・リサイタル「ベートーヴェン ピアノ・ソナタの系譜」を2021年6月3、4日、東京のサントリーホールで聴いた。当初は初日に第1~4番、2日目に第30~32番を弾き、「ベートーヴェンにとって日記に等しいジャンル」(バレンボイム)の起点と終点を対比させる予定だった。しかし、バレンボイム自身の瞬間の錯覚で3日も第30番で始め、6月2日の追加公演を含め、後期3大ソナタだけを3夜続けて奏でる展開に着地した。「すべて自分の責任、誰も責めないでほしい」といい、「次の来日で最初の4曲を弾く」と約束した。

 第30番の後「第1番に戻ることはできなかったのか?」の問いに対し、「絶対に不可能だった」と言い切るだけの根拠は、演奏自体が示していた。第30番の第1楽章を極めて穏やか、幻想的に弾きだした時点で第32番の第2楽章——ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全32曲にとっても最終楽章——アリエッタの着地点は明確に意識され、バレンボイムが3曲計8楽章を三位一体に再現する設計図を脳内で明確に描いているのがわかる。最後に訪れた平穏な心境の中で回想される人生の過酷なドラマ、決して諦めることなく闘い、切り拓いてきた人生と音楽の歴史……。「Alles Da!(アレス・ダー=ドイツ語で「すべてがそこにある」)の終着点」(バレンボイム)に至るプロセスを慈しみ、克明に再現しながら自らの歩みも重ね、さらに思考を深めていく演奏は日増しに精彩を増した。3日間のチケットを購入して聴いたピアニスト、仲道郁代はSNSに「聴いたのは、バレンンボイムという巨大な精神の世界だった」と書いたが、巨大かつ細部にまで血が通っていた。

クリス・マーネと共に開発した特別仕様のピアノも話題となった (C)堀衛
クリス・マーネと共に開発した特別仕様のピアノも話題となった (C)堀衛

 こうした意図をあまねく伝えた〝伴走者〟の存在も大きい。バレンボイムがベルギー人ピアノ製作者クリス・マーネと共同で開発、日本に持ち込んだ特別仕様のスタインウェイ「ストレートストラング・グランドピアノ」である。19世紀末以降のピアノで常識化していた弦の重ね(交差弦)を取り除き全部を平行弦に戻して音の透明度を高める一方、特許を取得した独自の響板を採用、豊かな音量と響きも確保した。しかもバレンボイムの小ぶりな手に合わせ、鍵盤の幅を狭めている。ベートーヴェン時代の楽器(フォルテピアノ)の音の分離と減衰速度、微細なニュアンスなどを現代によみがえらせた楽器。とりわけオルゴールのようにきらめく美しい弱音、フーガの音の重なりでも個々の声部がくっきり聴き取れる明瞭度の両面で、バレンボイムの〝肉声〟を完璧に代弁した。

 小柄な体で高めの椅子に座り、ほぼ微動だにしない上半身の安定から無駄なく力を伝え、細やかなニュアンスまで弾き分ける奏法。「たたく」のではなく「押し込む」を基本とし、フレーズを息長く、ゆっくりと歌わせていく。すべての俗気が抜け、天界へと響きが昇華するベートーヴェンのピアノを聴くのはチリ出身、ドイツで育ったクラウディオ・アラウ(1903~91年)のリサイタル以来だと思う。アラウはバレンボイムに早くから目をかけ、バレンボイムはアラウを心から尊敬していた。アラウはチェルニー→リスト→クラウゼと受け継がれたベートーヴェン鍵盤奏法の直系であり、バレンボイムもまた、そうした歴史上の存在となりつつある実態をはっきりと示した。(池田卓夫)

公演データ

【ダニエル・バレンボイム ピアノ・リサイタル ~ベートーヴェン ピアノ・ソナタの系譜~】

6月2日(水) 3日(木) 4日(金)いずれも19:00 サントリーホール

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番Op.109、第31番Op.110、第32番Op.111

筆者プロフィル

 池田卓夫(いけだ・たくお) 2018年10月、37年6か月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなとを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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