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小説「無月の譜」

将棋の駒をめぐる探求の物語。失われた名品の駒を求め、ある挫折感を抱えた男が旅に出ます。作・松浦寿輝さん、画・井筒啓之さん。

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小説「無月の譜」

/183 松浦寿輝 画・井筒啓之

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 じつは「玄火」という名前、「無月」という名前については、竜介なりにいろいろと考えてみたことがある。関岳史の「言葉のセンス」をめぐっていかにも不思議そうに首をかしげている安井さんに、自分の考えを説明してみたいという気持ちがなくもなかった。しかし今は、下手に安井さんの言葉を遮って、思い出の流れを頓挫させてしまうのが怖い。それで竜介は口を噤(つぐ)んだままでいた。

 漢字の本家本元はもちろん中国だ、と関青年は語っていたという。――東晋の王羲之(おうぎし)も、唐代の顔真卿(がんしんけい)も、そりゃあまあ、凄(すご)い書家なのは間違いない。しかし、日本には日本なりに、今や非常に長い年月にわたる書の歴史がある。日本人が産み出してきた書が、中国の亜流かと言えば、決してそんなことはないとおれは思うんだ。空海、藤原行成、小野道風、本阿弥光悦……。見事な字を書き遺(のこ)…

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