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「ガラクタ」買ったり、拾ったり 旅行作家・蔵前仁一さんの流儀

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「旅がくれたもの」を刊行した蔵前仁一さん=東京都練馬区で2021年5月24日午後3時20分、関雄輔撮影 拡大
「旅がくれたもの」を刊行した蔵前仁一さん=東京都練馬区で2021年5月24日午後3時20分、関雄輔撮影

 リュックサックひとつで世界各地を旅する「バックパッカー」。楽しみ方は人それぞれだが、このほど新著「旅がくれたもの」(旅行人)を出版した旅行作家の蔵前仁一さん(65)の場合はなかなかユニークだ。訪れた先で数々の民芸品を買い求め、さらには道端に落ちていたたばこの包み紙まで拾ったという。海外へ足を運ぶのはこのコロナ禍でままならないがいつか元に戻る「その日」に備え、「蔵前流」のエンジョイ方法を尋ねた。【関雄輔/学芸部】

ガラクタ?に大きな意味

 「旅がくれたもの」に掲載されているのは、世界各地で買ったり、拾ったり、もらったりした品々。それぞれのエピソードとともに、約400点にも及ぶ。だがこれでも所蔵品の「ごく一部」という。各地の民芸品や、布、服、食器といった生活用品など、写真を眺めているだけで楽しくなる。

蔵前仁一さんの新刊「旅がくれたもの」の表紙。インドで見つけた、猫のような不思議な装飾がついた瓦(中央右側)がお気に入りという 拡大
蔵前仁一さんの新刊「旅がくれたもの」の表紙。インドで見つけた、猫のような不思議な装飾がついた瓦(中央右側)がお気に入りという

 1980年代からアジアやアフリカへの長期旅行を重ねてきた。旅先で出会った人々の姿をイラスト付きで描いたエッセーで人気を博し、バックパッカー必携の雑誌「旅行人」(2011年休刊)の発行人兼編集長としても知られる。これまでの著書では、旅のエピソードを書いてきたが、今回はモノにまつわる記憶を掘り起こした。「実は、以前からモノ中心で書こうと思っていたのですが、まとめるのがなかなか大変で、5年ほどかけてやっと形になりました」と語る。

 読みながらマニアックな品の数々にうならせられたが、蔵前さんは「僕はコレクターではないんですよ」とニコニコ。でも、それはなぜ? 「コレクションと呼べるほど系統立っていませんし、その時々に気に入ったものを買っただけ。『ガラクタ』としか呼べないものも多い。どこで買ったのか、なぜ買ったのか分からなくなり、今回掲載を諦めたものもあるんです」。夫婦での渡航が多いため、「妻が買った布だけで1000枚以上あります」と聞いてまた驚かされた。

「暇な旅」の面白さ

 貧乏旅行と表現されることもあるバックパッカーは、買い物と無縁と思われがちだ。蔵前さんも当初は、旅先で必要なものしか買わなかった。転機となったのが、89~92年にアジアからアフリカへ周遊した時のこと。南インドで暇つぶしに入った店で、木彫りの神像を見つけ、なぜか無性にひかれた。値段は2体で1万5000円ほど。払えない額ではなかったが、合わせて10キロを超していた。「どうしようか……」とためらった。

 結局、店主にしつこく勧められたため根負けして買い、船便で日本へ発送した。これがきっかけで「買った物は送れば、持ち歩かずに済む」と気付いた。「蔵前流」では、気に入った場所に数カ月「沈没」(バックパッカー用語で、旅の途中で長期滞在すること)するケースが少なくない。土地に愛着がわくと、買っておきたいものが増えた。ところが日本に送りたくても、日本のように良質の段ボールはなかなか入手できない。自分で材料を買い木箱を作ったこともあった。「長期旅行で暇だからこそ、買い物ができた」と振り返る。

 蔵前さんは近年、インドの民俗画を訪ね歩いており、本書にもミティラー画(インド東部の伝統絵画)や、各地の先住民アートが取り上げられている。ミティラー画で最も気に入っているのは、田舎道を歩いていた時に軒先から声をかけられてのぞいた画家の家で見つけた絵という。

 本書の「あとがき」で旅の醍醐味(だいごみ)をこう記している。

1989年に南インドで購入したガネーシャ像(右)とミナークシ像。それぞれ60センチほどの大きさ=蔵前仁一さん提供 拡大
1989年に南インドで購入したガネーシャ像(右)とミナークシ像。それぞれ60センチほどの大きさ=蔵前仁一さん提供

 <見たこともなかったものを見、知らなかったことを知り、匂いを嗅ぎ、空気を吸う。そこで買うものも日本にはないもの、日本では見えにくいものを買う>

 その上で、紹介した品々についてこう述べた。

 <やがてそれらはゴミとなり、ゴミはいずれ消え去っていくだろう>

 「たいして価値のないものばかりですが、誰が作ったのか、どうやって手に入れたのか、買って失敗したもの、買い損なったもの……。一つ一つに物語があります。いずれは消え去るとしても、その前にそれらの記憶を読者と共有できれば幸せです」

コロナ禍で失われたもの

 82年、知人の勧めでインドへ行き、その魅力にとりつかれた。以降長旅にハマり、86年に刊行した「ゴーゴー・インド」がロングセラーになり注目された。それまでの海外旅行記のテーマは文化・社会的な違いや自分探しが多かったが、蔵前さんは出会った人々にスポットを当てた。88年にミニコミ誌としてスタートした「遊星通信」(後に『旅行人』に改称)は、肩肘張らない旅行のスタイルを広めた。「『旅とはこういうものだ』と言いたがる人もいますが、自分が楽しめるのが一番です」

ゴーパル・サハさんによるミティラー画「牛の学校」。たまたま田舎道を歩いている時にゴーパルさんから声をかけられたのがきっかけで購入した=蔵前仁一さん提供 拡大
ゴーパル・サハさんによるミティラー画「牛の学校」。たまたま田舎道を歩いている時にゴーパルさんから声をかけられたのがきっかけで購入した=蔵前仁一さん提供

 昨年から、新型コロナウイルスの感染拡大により旅に出られない日々が続く。「以前のように自由に行き来できるには、数年はかかるのではないでしょうか。コロナ以前から世界は大きく変化しています。今そこにある風景やモノには5年後はもう出合えない。自分があと何回旅行できるかを考えても、この数年で失われたものは本当に大きいのです」

くらまえ・じんいち

 1956年、鹿児島県生まれ。大学卒業後、グラフィックデザイナーとして働く。80年代からアジアやアフリカへの旅を重ね、88年にミニコミ誌「遊星通信」(後に「旅行人」に改称)発刊。95年に出版社「旅行人」設立。近著に「テキトーだって旅に出られる!」「インド先住民アートの村へ」「失われた旅を求めて」など。

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