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徳島の美術館がCFに挑戦 お金だけでない理由とは

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クラウドファンディング(CF)による作品購入を企画した徳島県立近代美術館の吉川神津夫・学芸交流担当課長。手に持つのはコーツィーの作品集=CFサイト「OTSUCLE(おつくる)」より 拡大
クラウドファンディング(CF)による作品購入を企画した徳島県立近代美術館の吉川神津夫・学芸交流担当課長。手に持つのはコーツィーの作品集=CFサイト「OTSUCLE(おつくる)」より

 <徳島県立近代美術館は初めてクラウドファンディング(CF)に挑戦します――>。チラシを飾る文字に目が留まった。なんでも、広く支援金を募り、とある絵画を購入するらしい。目標額は220万円。国内では前例が見当たらないという今回のプロジェクトに同館が挑む、その思いを探った。

 「館にお金がないからといって始まったプロジェクトではないんですよ」。こう語るのは、企画した同館の吉川神津夫(みつお)・学芸交流担当課長だ。単に予算不足を補うためではという記者の安易な予想に反し、狙いは他にあるという。「一般の方が購入に参加することによって、その作品をより身近に感じられるのではないかと考えました」。なるほど、通常の予算で購入するより、自分で直接お金を出した方が「私たちの作品」という当事者意識が高まる。館主体のCFはいわば、美術館を社会に開く一つの手段といえる。

クラウドファンディングで購入を目指すローズマリー・コーツィーのアクリル画(1983年)=徳島県立近代美術館提供 拡大
クラウドファンディングで購入を目指すローズマリー・コーツィーのアクリル画(1983年)=徳島県立近代美術館提供

多様な魅力を知るきっかけに

 購入を目指す作品からも、本プロジェクトの意義が浮かび上がる。対象はドイツ生まれのローズマリー・コーツィー(1939~2007年)が83年に描いたアクリル画。「アール・ブリュット」に位置づけられる作品だ。アール・ブリュットは仏画家、ジャン・デュビュッフェ(1901~85年)が45年に提唱した概念で、「専門的な美術教育を受けていない者が、既存の価値観や流行に左右されず衝動のまま表現した作品」と定義される。とはいえ、現代美術が専門の吉川課長にとってはあくまで「同時代美術の一つのジャンル」という。西洋の伝統的芸術や権威主義への異議申し立てを背景に生まれた言葉でもあり、「多種多様なアートの魅力を知るきっかけとして、アール・ブリュットを取り上げたいと思いました」。

 作品からは、その画像を通してもただならぬ気配が伝わる。タイトルはない。茶褐色の表面に黒い線で描かれるのは複数の骸骨だろうか。縦2メートル以上ある画面の上、たたきつけたようなペインティングナイフの跡が無数に広がり、痛ましい傷痕を思わせる。

 ユダヤ人であるコーツィーは、幼少期を強制収容所で過ごした。ナチスによる大量虐殺の生々しい記憶は、その後を生き延びた彼女の中に積もり、70年代末ごろからせきを切ったように収容所をテーマとした創作を開始。その源泉には犠牲者への弔いがあったが、「追悼という言葉が生易しく感じるほど、描かずにはいられないという激しさがコーツィーの絵にはある」と吉川課長。同様のテーマで描かれたドローイングは約1万2000点に及ぶとされ、亡くなるまで作品を量産し続けた。

不要不急 問われる今だからこそ

 本作が突きつける「死」や「差別」は、くしくも新型コロナウイルスの感染拡大が続く今、私たちの目の前の問題として迫っている。「コーツィーは一人一人の生を思うからこそ、ホロコーストの死をひとくくりにせずに膨大な数の絵を描いた」と吉川課長は考える。「マスとして語られる死者にも一人一人に家族があり、人生がある。それぞれ違う形で生きているという多様性について、私自身、コーツィーの作品から考えさせられた。このコロナ禍において、一人一人の命に思いをはせるきっかけになるのではないでしょうか」。文化芸術は不要不急かと問われる今だからこそ、実際に見て考えてほしいとの思いは強い。「美術には癒やしや楽しさだけではなく、つらさも受け止めて考えさせる力がある。この作品を通して、多様な価値を共有したり未来について話し合ったりする場ができれば」と願う。

 2020年に開館30年を迎えた徳島県立近代美術館は「20世紀の人間像」をコレクションの柱の一つに掲げる。どこかユーモアのある人物を描いたデュビュッフェの油彩画「熱血漢」(55年)もその一つ。近年、アール・ブリュットに関する展覧会もシリーズで展開している。人間の本質に迫る「魂の絵画」たるコーツィー作品もまた、そうした流れの中に位置づけられるだろう。吉川課長によると、美術館主体のCFによる作品購入は、仏ルーブル美術館など海外の事例が確認できるが、国内では見当たらないという。

 芸術支援に詳しい東京芸術大の熊倉純子(すみこ)教授は「CFは誰でも気軽に参加できる支援であり、非常に画期的。こうした試みを通じて多くの人が徳島県立近代美術館に対して『自分も当事者である』というオーナーシップの感覚を抱くようになれば、これからの美術館と市民の関係に新たな一歩を刻むことになると思う」と評価する。

 4月末に始まったプロジェクトの賛同者の輪は全国へ広がり、すでに目標額の7割以上が集まっている。支援金の募集はCFサイト「OTSUCLE(おつくる)」(https://otsucle.jp/cf/project/3160.html)で6月20日まで。郵便振替での寄付もできる。1口1000円からで、コースごとに特別展招待券や所蔵作品展年間フリーパスなどの返礼がある。7月にも特別公開する予定だ。詳細は上記サイトか徳島県立近代美術館(088・668・1088、https://art.bunmori.tokushima.jp/)で。【清水有香】

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