連載

特集ワイド

「人だかりがする」ニュースを目指して、読み応え十分の記事をラインアップ。

連載一覧

特集ワイド

ビンラディンファイル/7 妻たちの確執 足場作りに結婚利用

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
ウサマ・ビンラディンの子供たち=米中央情報局(CIA)のウェブサイト「November 2017 Release of Abbottabad Compound Material」から
ウサマ・ビンラディンの子供たち=米中央情報局(CIA)のウェブサイト「November 2017 Release of Abbottabad Compound Material」から

 米海軍特殊部隊によってビンラディンが殺害された2011年5月2日、すぐそばで夫の死を目撃したアマルをはじめ、隠れ家には3人の妻たちが同居していた。イスラム教は「平等に扱うこと」を条件に4人までの妻帯を認めており、ビンラディンはその生涯で計5人の妻を迎えた。そして、妻たちの間では「権力闘争」に似たドロドロ劇が繰り広げられていた。

 「2人目の妻をめとることにした」。1983年、第5子を妊娠していた第1夫人ナジュワは夫の一言に驚く。イスラム教預言者ムハンマドは生涯で12~13人の妻をめとったが、最初の妻カリシャが亡くなるまで妻は1人だけ。ナジュワは「私も同様の処遇をされてもいいはず」と不満を友人にぶつけるも「事前に知らせるだけまだましよ」。なぐさめにはならなかった。

 2人はいとこ同士である。ビンラディンが17歳、ナジュワが15歳の時に結婚した。ビンラディンは、毎夏のように母の実家でもあるナジュワの住むシリアのラタキアをサウジアラビアのジッダから訪ねた。静かで礼儀正しく、自信家だが傲慢ではない。めったに笑わないビンラディンの来訪を、ナジュワはいつも心待ちにしていた。

 ビンラディンはその後、「イスラムのために一人でも多く子供を残したい」とナジュワに告げる。「私に不満があるわけじゃない。イスラムのためなんだ」。ナジュワは少しだけ気持ちがほぐれたような気がした。

 第2夫人となったハディジャは、預言者ムハンマドの血を引く誇り高い一族出身である。ナジュワは彼女に強い対抗心を抱き、大胆な手を打つ。病気がちな息子のカウンセリングで世話になっていた幼児心理学者ハイリヤに「ビンラディンの妻にならないか」と誘いをかけたのだ。ハイリヤはビンラディンの7歳年上。体が弱く「一生、未婚で過ごすもの」と思い定めていた彼女は承諾する。85年に結婚した後、2人は姉妹のように親しくなり、あたかもハディジャをけん制するかのようだった。ビンラディンは「イスラムのため」と、その2年後の87年に4番目の妻シハムと結婚し、4人の妻が住む家を4日ごとに訪ねる生活を続けた。

 一家に激震が走ったのは93年のことだ。…

この記事は有料記事です。

残り2090文字(全文2984文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る
この記事の筆者
すべて見る

注目の特集