連載

小説「恋ふらむ鳥は」

飛鳥時代の歌人・額田王を主人公に、日本の礎が築かれた変革期の時代を描きます。作・澤田瞳子さん、画・村田涼平さん。

連載一覧

小説「恋ふらむ鳥は」

/316 澤田瞳子 画 村田涼平

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷

 吉年(よしとし)がわななく指で糒(ほしいい)をつまみ、口に含む。味わう余裕もない顔でそれを飲み下すや、「もう要りません」と欄(おばしま)の裾にもたれかかった。

 その唇から流れ出した歔欷(きょき)がゆっくりと夜の闇に溶け、やがて微(かす)かな寝息に代わる。静かだ、と額田(ぬかた)は思った。京(みやこ)のそこここでは、軍兵たちがまだ大友(おおとも)の行方を探索しているはずだが、風向きのせいかそれらしき物音は皆目聞こえない。つい今朝まで武具の触れ合う金音や兵馬の嘶(いなな)きが宮じゅうに響き渡っていたのが、まるで夢の彼方(かなた)の出来事のようだ。

 半月が東の空に昇り始めた頃、高楼の裾が急にやかましくなった。失礼を、との声に見おろせば、冑(かぶと)を小脇に抱えた男依(おより)が階(きざはし)を上がって来る。二層目の床に腰を下ろすや、上階から顔を突き出した額田に、「羽田(はたの)矢国(やくに)からの使いが参りました」と告げた。

この記事は有料記事です。

残り780文字(全文1196文字)

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集