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自殺願望、高アルコール依存…金原ひとみさんが新刊に込めた思い

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自作「アンソーシャル ディスタンス」について語る作家の金原ひとみさん=東京都新宿区で2021年5月17日、梅村直承撮影 拡大
自作「アンソーシャル ディスタンス」について語る作家の金原ひとみさん=東京都新宿区で2021年5月17日、梅村直承撮影

 芥川賞作家の金原ひとみさんが新刊「アンソーシャル ディスタンス」(新潮社)を出版した。コロナ禍での人々の分断などを描いた短編5作を収録している。コロナ禍によってあらわになった人間の性(さが)とは何か。私たちが生きる社会はどのように変化しているのか。新刊に込めた思いを聞いた。【関雄輔/学芸部】

コロナで変わる「人間のあり方」

 「いろいろな虚飾がぱらぱらと崩れ落ちていった」

 新型コロナウイルスの感染が広がったこの1年の社会や人々の変化をそう表現する。「私の友人に家族との別居など、大きな決断をした人がいます。余裕のある状況だと自分にも周りにもうそをつけますが、むき出しの状態の自分や他者と向き合わざるを得なくなりました。これが人間、これが自分、この人はこんな人……、そんなふうに捉えていたものが揺らいだ人は少なくないのではないでしょうか」

金原ひとみさんの新刊「アンソーシャル ディスタンス」 拡大
金原ひとみさんの新刊「アンソーシャル ディスタンス」

 表題作「アンソーシャル ディスタンス」は、コロナ禍に翻弄(ほんろう)される大学生の男女を描いた。就職を控え、母親らが押しつけてくる「正しさ」に押しつぶされそうな幸希と、思春期からリストカットを繰り返し、希死念慮(自殺願望)を持つ沙南。外出自粛やソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保という社会規範にあらがうように、2人は逢瀬(おうせ)を重ねる。

 執筆したのは、新型コロナウイルスの感染拡大が本格化した昨年の春。文芸誌「新潮」2020年6月号に掲載されると、大きな話題を呼んだ。

 「当初、別の短編を構想していたのですが、感染が広がっていく中で、これを無視して書けないと感じました。海外でロックダウンが始まり、日本もどうなっていくか分からない。人間のあり方が変わってしまうかもしれない。その過渡期を描いておきたいと、職業病のように思ったんです」

 コロナ禍の前から生きづらさを感じていた2人は、大好きなバンドのライブが中止になったことで絶望し、心中を夢見るようになる。作中に<コロナは世間に似ている>という言葉がある。

 「2人にとっては、世間も自分たちを迫害し、抑圧してくるものに他なりません。私自身、若い頃は生きていくことに今よりもずっと難しさを感じていましたし、もし当時コロナが広がったら、同じように思ったのではないかと思います。コロナだけではない、自分を苦しめるものは他にもある、と」

複雑な「自分」と向き合う

 一方、続く短編「テクノブレイク」では、新型コロナウイルスに極端におびえる女性を主人公に据えた。「コロナを気にしない人は不謹慎と批判され、気にしすぎる人は嘲笑される。どちらもマイノリティーで、世間からは差別されがちですが、それぞれに切実な苦しみを抱えています。私自身も2011年の原発事故の時に恐怖を感じ、周りとのギャップに悩んだので、世の中とリンクできなくなっていく感覚をリアルに描けるのではないかと思いました」

自作「アンソーシャル ディスタンス」について語る作家の金原ひとみさん=東京都新宿区で2021年5月17日、梅村直承撮影 拡大
自作「アンソーシャル ディスタンス」について語る作家の金原ひとみさん=東京都新宿区で2021年5月17日、梅村直承撮影

 主人公の女性は恋人との価値観の違いに悩みながら、自室で自慰を繰り返し、ひたすら激辛料理を食べ続ける。その姿は、コロナ禍で絶たれた人間関係の代償行為として、身体的な刺激を求めているようにも見える。

 「人との関わりが希薄になり、一人で家に閉じこもってパソコンに向かっていると、自分の実態みたいなものがつかめなくなっていきます。『我思う故に我あり』と言いますが、人からも思われて『我』はあるのではないでしょうか」

 金原さんは「アンソーシャル ディスタンス」の大学生も、「テクノブレイク」の女性も、「両方とも自分の中にいる」という。「怖がる自分がいる一方で、それを俯瞰(ふかん)してバカにする自分もいる。無責任な若者に共感する感覚もあれば、反発する気持ちもある。両極端な人物を描いたことで、自分も含め、人間が多面的な存在だと改めて実感しました」

 本書にはコロナ禍を描いた2編に加え、感染拡大前の18~19年に発表された「ストロングゼロ」「デバッガー」「コンスキエンティア」の3編が収録されている。

 「ストロングゼロ」は、恋人との関係に悩む女性が「ストロング系」と呼ばれる高アルコール飲料なしでは生活できなくなっていく様を描く。「デバッガー」「コンスキエンティア」は、それぞれ美容整形、異性関係に溺れていく人物が登場する。

 「(6年間暮らしたパリから)日本に帰国した時、日本人とお酒の付き合い方が特殊だと感じました。フランスでは、コンビニの駐車場でお酒を飲んでいるような人はまず見かけません。24時間、お酒を買うことができ、それが私自身の生活の中でも大きな存在になっている。そこから、何かに依存して止まらなくなってしまう人を描きたいと着想しました。『デバッガー』を執筆したきっかけは、日本のルッキズム(外見差別)に対する違和感です。私も含めて、海外から帰国して人目がより気になるようになったという人は多いんです」

「分かり合えない人たち」と生きる

 03年、痛みによって生を実感する少女を描いた「蛇にピアス」でデビューした。同作は翌04年に芥川賞に輝き、20歳という若さも話題を集めた。「当時は自分自身の感情が先立った小説を書いていた」と振り返る。「怒りだったり、愛情だったり、自分の中の激しいものを発散するために小説を書いていたような気がします。それから少しずつ、なぜこんな感情があるのかという内面を分析する作業に変わっていきました」

 コロナ禍が可視化したものは「分かり合えない人たち」の存在だという。「(感染対策で)異なる考え方の人同士が協力しなければならない状況に陥りました。理解できない人を切り捨てたいという人がいると思いますが、自分の感覚が非常に狭い範囲でしか機能しないことを自覚し、それを前提に他者と向き合うきっかけになるのではないでしょうか」

自作「アンソーシャル ディスタンス」について語る作家の金原ひとみさん=東京都新宿区で2021年5月17日、梅村直承撮影 拡大
自作「アンソーシャル ディスタンス」について語る作家の金原ひとみさん=東京都新宿区で2021年5月17日、梅村直承撮影

 昨年刊行したエッセー集「パリの砂漠、東京の蜃気楼」(ホーム社)では、<幼い頃から私はこの世に生きる九割以上の人間の存在を許せなかった>と吐露した上で、<許せない九割と共存してこれた。それはきっと、私が書きながら生きてきたからだ><書かなければ生きられない、そして伝わると信じていなければ書けない>とつづった。

 「昔は伝わるかどうかなんて気にしていなかったのですが、次第に、たぶん伝わると信じているから、自分は小説を書き続けているのだろうと思うようになりました。伝わらないと感じることが多いのは確かですが、全く何も通じない人はいないと信じています。それは祈りのようなものでもあります」

かねはら・ひとみ

 1983年生まれ。2003年に「蛇にピアス」ですばる文学賞を受賞しデビュー。10年、「トリップ・トラップ」で織田作之助賞受賞。著書に「マザーズ」「持たざる者」「アタラクシア」「fishy」など。

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