女性導く自由の「灯台」 平塚らいてう没後50年 別姓先駆者の生き方に脚光

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 日本のフェミニストで、夫婦別姓の先駆者だった平塚らいてう(1886~1971年)の生き方が改めて脚光を浴びている。先月24日で死去から半世紀。「#KuToo」運動や選択的夫婦別姓を求める動きが広がる中、女性への抑圧と闘い解放を求める人々を導く「灯台」となっている。

 没後50年を前にした5月上旬、孫の奥村直史さん(76)が書いた評伝の改訂版『平塚らいてう その思想と孫から見た素顔』(平凡社ライブラリー)が出版された。奥村さんは東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長による女性蔑視発言も踏まえ「女性が主体、個性を持った存在として認められていない状況は変わっておらず、らいてうの掲げたテーマはいまだ解決されていない」と指摘する。

 画家奥村博史と事実婚をしたらいてうを「夫婦別姓の先駆者」として取り上げた女性誌も。明治憲法下の封建的な結婚制度を批判したらいてうは1914年、事実婚に踏み切った。法律婚をしないままの同居は新聞や雑誌から猛批判された。

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