連載

余録

毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

連載一覧

余録

「日本株式会社」という言葉が広まったのは…

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷

 「日本株式会社」という言葉が広まったのは高度成長下の1970年代前半だ。米商務省が「日本経済を特徴づける政府と企業の内部協調関係」を「日本株式会社」と名付けた報告書を公表した。政府の介入を嫌う米企業との違いに焦点が当てられた▲「日本は違うルールで経済ゲームを演じているのではないか」。報告書の懸念は80年代後半の「日本異質論」につながる。巨額の対日貿易赤字を背景に行われた日米構造協議は「日本株式会社」の解体が狙いともいわれた▲バブル崩壊やグローバル化の進展で企業のあり方は大きく変わった。「日本株式会社」は過去のものと思っていたが、東芝の株主総会に出された人事案をめぐる同社と経済産業省の一体ぶりはその復活を思わせる▲外部弁護士による報告書は、経産省が外為法に基づく権限を背景に海外株主に人事案取り下げを働きかけたと指摘している。当時の社長のメッセージには「主役は経産省」と書かれているそうだ。菅義偉(すが・よしひで)首相は否定するが、首相が「強引にやれば外為で捕まえられるんだろ?」と発言したという記載もある▲東芝は原発や防衛装備を手がけている。とはいえ、人事が安全保障に直接関わる問題とは思えない。政府の強引な介入は海外の投資家には「異質」としか映るまい▲経営陣が交代した東芝がコンプライアンスを重視し、政府にそんたくせずに報告書を公表したことが救いだろうか。日本の対外的な信用にも関わる問題だ。さらなる真相究明を求めたい。

あわせて読みたい

この記事の特集・連載
すべて見る

注目の特集