深草の往時、未来へ伝え 龍谷大と地元団体 古写真、資料募る 来年旧町誕生100年、デジタル保存へ /京都

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松鶴園のお茶の初荷の様子=1929(昭和4)年、深草支所提供
松鶴園のお茶の初荷の様子=1929(昭和4)年、深草支所提供

 古くから伏見稲荷大社の門前町として栄え、明治から昭和にかけては旧陸軍第16師団司令部が置かれた「深草地域」(京都市伏見区)の古い写真や資料を募り、デジタル化して保存する計画を、龍谷大と地元の歴史団体などが開始した。2022年が旧深草町の誕生から100年となるのを機に、由緒ある深草地域の暮らしと文化を将来に継承する狙い。住民たちからの幅広い提供を求めている。【千葉紀和】

 深草の名は、古くは日本書紀に登場し、江戸時代には同大社の参詣で諸国からの往来が盛んになり、伏見人形や深草うちわなどの伝統産業が発達した。明治期には鴨川運河(琵琶湖疏水(そすい)の一部)が開削され、水力発電の電力を利用して日本初の路面電車である京都市電伏見線が走った。

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