忘れられた画家、塩月桃甫 同郷の監督が映画化 終戦まで台湾美術界けん引

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
小松孝英監督=東京都千代田区で2021年6月6日、鈴木玲子撮影
小松孝英監督=東京都千代田区で2021年6月6日、鈴木玲子撮影

 100年前の1921年、日本統治時代の台湾に渡った宮崎県出身の画家、塩月桃甫(とうほ)(1886~1954年)の芸術家人生に迫ったドキュメンタリー映画「塩月桃甫」が公開されている。終戦まで台湾美術界をけん引したものの、戦後に宮崎に引き揚げた後は不遇で、日本では忘れ去られた。同じ宮崎出身のアーティストである小松孝英監督(41)が埋もれていた郷里の画家に光を当てた労作だ。

 塩月は同県三財村(現・西都市)に生まれ、東京美術学校(東京芸術大の前身)で学んだ。卒業後、図画教師として大阪の浪華小学校や松山の愛媛県師範学校で教えたが、息子2人の教育費のため日本本土より給与が高い台湾に渡った。台湾に赴任する日本人には加俸があった。

この記事は有料記事です。

残り1303文字(全文1615文字)

あわせて読みたい

注目の特集