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来日100年・タタール人の軌跡

日本にイスラムとの本格的な出会いをもたらしたタタール人の渡来が始まってから100年。その軌跡をたどります。

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来日100年・タタール人の軌跡

/2 モスク、日本の「国策」反映

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1938年に建立された東京回教礼拝堂=東京ジャーミイ提供
1938年に建立された東京回教礼拝堂=東京ジャーミイ提供

 敬虔(けいけん)なムスリム(イスラム教徒)にとって、1日5回の祈りは欠かせない。ロシア革命後、日本に逃れてきたトルコ系民族のタタール人もそうだった。

 イスラムの教えでは、礼拝はどこでもできるが、祝日にあたる金曜日は皆が集まって行うことが奨励されている。在日タタール人コミュニティーの指導者、ムハンマド・クルバンガリーが子弟向けの東京回教学校(1927年開校)に続いてモスク(イスラム教礼拝堂)の建設を目指したのは当然の成り行きだった。日本最初のモスクは35年、インド系ムスリムの商人らによって神戸に建てられており、在京タタール人は自分たちの「祈りの場」を待望していた。

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