「父は捨て石だったのか」見つからぬ遺骨 面影を追う遺族の思い
毎日新聞
2021/6/21 06:00(最終更新 6/21 06:00)
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「優しくて、教育熱心。ハンサムだったけど写真は一枚も残っていないから……」。那覇市の上原美智子さん(85)は9歳で途切れた父の面影を今も追う。父、玉城(たましろ)蒲吉さんは太平洋戦争末期の沖縄戦で防衛隊に召集されたまま帰ってこなかった。
一家7人は沖縄本島南部の糸満市大度(おおど)で暮らしていた。父は農業を営んでいたが、1944年秋、38歳の時に兵員補充のために日本軍に召集された。通常の兵士ではなく、主に飛行場建設や陣地構築などの土木作業にあたる防衛隊員としてだった。
年が明けて45年、一日だけ自宅に帰ってきた。喜んで父から離れない幼い弟や妹たち。美智子さんも父の軍服を布団の下に隠し、大騒ぎになった。「父がまた出て行くのが嫌だった」。しかし、父は軍の食料用に畑で取った野菜を馬車に積み、出て行った。「お国のために働いてくるから、お利口にしているんだよ」
3月下旬、米軍の攻撃が始まり、一家は本島北部に避難。そこで米軍に捕らわれた。収容所で、投降した日本軍の兵士たちが運ばれてくる度にその姿を捜したが、…
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