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沖縄戦

「鉄の暴風」が吹き荒れた沖縄戦から76年。約3カ月に及んだ地上戦は住民を巻き込み、日米合わせて計約20万人が犠牲となった。

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祖父・牛島満を語り継ぐ 「軍は民を守らない」孫は授業で訴える

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 今年も沖縄戦の犠牲者を悼む「慰霊の日」を迎えた23日の沖縄。一般住民を含む20万人もの命が奪われた地上戦の悲劇に人々は思いをはせ、教訓を今に生かそうと誓う。

   ◇

 祖父はなぜ、多くの住民を巻き込むことになった軍の南部撤退を決断したのか――。東京都の元小学校教諭、牛島貞満さん(67)は27年前から沖縄に足を運び、その重い問いへの答えを探してきた。太平洋戦争末期の沖縄戦での約9万4000人(推計)もの一般住民の犠牲は、現地の日本軍第32軍が首里(現・那覇市)にあった司令部を沖縄本島南部に移した後に膨らんだ。その決断を下したのが牛島さんの祖父だった。

 「首里城地下の司令部壕(ごう)で牛島満は南部撤退を決裁しました」。6月19日夜、那覇市での勉強会で、牛島さんは会ったことのない祖父の名を挙げた。沖縄戦で第32軍を率いた牛島満司令官。2019年の首里城焼失後、司令部壕跡の存在が改めて注目され、沖縄県が保存・公開に向けた検討を始めたが、牛島さんも「学べる場として保存・公開すべきだ」と考える。

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