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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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「フェスク・ブドラ」とは…

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 「フェスク・ブドラ」とはルネサンス期フランス語で「汝(なんじ)の欲するところをなせ」。評論家の立花隆(たちばな・たかし)さんが若いころ大学時代の友人らと東京・新宿のゴールデン街に開いたバー「ガルガンチュア立花」に掲げた標語という▲当時、立花さんは雑誌のルポライターをする一方で、「思考の技術」という本を出している。多様な種が複雑に織りなす生態系に学ぶ思考法を説いたこの本は、進歩主義全盛の当時の日本でのエコロジカルな発想のさきがけとなった▲「何か政治ものがほしいんだけど、いいアイデアない?」。文芸春秋の編集長に聞かれたのは、その3年後のことである。「いま政治といえば田中、田中といえば金でしょう」。こんなやりとりを通し始まった「田中角栄研究」だった▲その金脈と人脈の徹底したデータ集めと、それらの相関関係の分析とで世人を驚かせた調査報道である。「事実を集め、データに基づき全体を視野に考える」――まさにエコロジカルな構造分析が生んだ新しいジャーナリズムだった▲「研究」で田中内閣退陣をもたらし、後にロッキード事件の法廷も記録し続けた立花さんだ。その思考は共産党、農協、東大、さらに宇宙体験、脳死、サル学、臨死体験にも向かい、人と文明の根源を探る壮大な知の旅をくり広げる▲何者にも縛られない自由を示す「フェスク・ブドラ」は仏ルネサンスの人文主義の標語という。「私は結局やりたいことをやる精神だけで生きてきた」。みごとに貫かれた「一介(いっかい)のもの書き精神」であった。

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