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埋もれた記憶・朝鮮戦争70年

1950年6月に勃発した朝鮮戦争は、今年6月25日で丸70年となる。毎日新聞は今年1月、朝鮮戦争勃発直後に在日米軍基地の日本人労働者が前線で戦闘行為に加わっていたことを示す米軍作成の極秘文書を入手した。朝鮮戦争では韓国を支援するため米国を中心とする国連軍が編成されたが、日本は参加していない。しかし入手した文書には日本人に死傷者が出ていたとの記述も残る。極秘文書に残る「従軍」した日本人とは。その家族や関係者を訪ねた。

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埋もれた記憶・朝鮮戦争70年

朝鮮戦争は終わっていない…ある「従軍」日本人生存者の記録

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日本人が米軍とともに渡航し、戦闘にも参加との証言記録があった米軍作成の極秘文書の一部=福岡市中央区で2020年6月19日
日本人が米軍とともに渡航し、戦闘にも参加との証言記録があった米軍作成の極秘文書の一部=福岡市中央区で2020年6月19日

 「確かにこれは私の字だ……」。ようやく会えたその人は、自分のサインが残る米軍が作成した尋問調書の写しをじっと見つめた。私の目の前の男性(93)は終戦の5年後に米軍と海を渡り、朝鮮戦争(1950年勃発、53年に休戦協定)の戦闘に巻き込まれた。占領下の米軍基地従業員だった若者がなぜ銃弾飛び交う戦場へ向かったのか。朝鮮戦争勃発から6月25日で71年。戦争を放棄したはずの戦後日本から「従軍」した生き証人が、重い口を開いた。【西部報道部・飯田憲】

 2021年3月下旬、私は神奈川県内のある集合住宅の玄関前に立っていた。朝鮮戦争の戦地へと渡航した民間日本人の取材を始めて1年半が過ぎていた。インターホン越しに来訪を告げると薄く扉が開いた。「わざわざ九州から来たのか」。つえをついた高齢男性が目を細めた。朝鮮戦争の前線に「参戦」した生存者との初の対面だった。「まあ入ってください」。男性が匿名を希望したため、名前を伏せて「熊倉さん」と呼ぶことにしたい。

 71年前、熊倉さんは大分県別府市の在日米軍基地「キャンプ・チッカマウガ」で働く炊事係だった。朝鮮戦争が勃発してすぐ、基地で働く他の日本人従業員たちと朝鮮半島へ渡った。炊事兵としての帯同だったが、カービン銃を持たされ、戦闘にも巻き込まれた。同じ部隊から一人の日本人が行方不明になり、今も消息は不明のままだ。その人は同市出身の吉原嶺史さん(当時21歳)。私が熊倉さんの所在を追ったのは、ともに大分出身の2人が交錯する足跡を知ったからだ。その理由は後述するが、ここに至るまでの経緯を振り返ろう。

米軍作成の極秘文書

 20年1月、私は米国立公文書館から「韓国における日本人の無許可輸送と使用」と題した米軍作成の極秘文書を入手した。文書は計843ページ。朝鮮戦争で米軍が帯同した在日米軍基地の日本人従業員ら60人のうち少年4人を含めた18人が米軍の尋問に戦闘へ参加したことを証言していた。敗戦間もない占領下の日本から対岸の戦地に民間人が渡り、戦闘による行方不明者や死亡者もいたという驚くべき記録だった。

 文書を読み込むと、…

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