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沖縄戦

「鉄の暴風」が吹き荒れた沖縄戦から76年。約3カ月に及んだ地上戦は住民を巻き込み、日米合わせて計約20万人が犠牲となった。

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自決前に司令官「最後まで戦え」 終結知らず隠れ続けた住民も

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日本陸軍第32軍の牛島満司令官らの墓前に立つ日本軍捕虜=沖縄県公文書館提供、沖縄県糸満市摩文仁で1945年6月28日撮影
日本陸軍第32軍の牛島満司令官らの墓前に立つ日本軍捕虜=沖縄県公文書館提供、沖縄県糸満市摩文仁で1945年6月28日撮影

 沖縄戦での日本軍の組織的戦闘の終結から6月23日で76年。なぜ沖縄が戦場となり、多くの悲劇が生まれたのかを考える。

   ◇

Q:1945年3月下旬に始まった沖縄戦はいつ終わったの?

A:4月1日に沖縄本島中部に上陸した米軍の進攻を受け、日本陸軍第32軍は5月末、首里(しゅり)(現・那覇市)の司令部を本島南部に移し、戦いを続けました。しかし、既に戦力の大半を失い、約10万人いた兵士は約3万人に減り、武器も十分に行き渡らない状態でした。

 米軍は6月中旬、第32軍司令部壕(ごう)があった沖縄本島南端の摩文仁(まぶに)(現・糸満市)の高地を包囲。追い詰められた牛島満司令官らが6月23日に自ら命を絶ったことで、日本軍の組織的戦闘は終結しました。牛島司令官らの自決は22日という説もあります。

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