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「万葉古道」を尋ねて

万葉の時代の暮らしを支えた「古道」。わずかな手掛かりを頼りにいにしえの道を尋ねます。

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「万葉古道」を尋ねて

交流・別れ・流浪/82 吉野/23 重要路だったサヌカイトの道 /奈良

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高見山(右奥、円錐形)と高見川。伊勢街道は左の人家の間を通る=奈良県東吉野村木津で
高見山(右奥、円錐形)と高見川。伊勢街道は左の人家の間を通る=奈良県東吉野村木津で

 険しい山岳がそびえる紀伊半島を、人が東西に往来した痕跡は縄文時代(1万年あまり前ごろ~2500年あまり前ごろ、時期は論議がある)にさかのぼる。中央構造線に沿う吉野川、上流の高見川、三重県側の櫛田川に沿って点在する縄文遺跡から、奈良県・大阪府境の二上山周辺でとれる石器材のサヌカイトが出土した。このサヌカイトの道筋は、現在まで使われている。

 縄文時代、人は弓や土器を使い始めた。生きる方法は狩猟と漁、採集。サヌカイトはち密で硬く、割ると鋭い刃ができて弓矢の石鏃(せきぞく)(矢じり)などに適した。煮沸に使える土器はドングリ類の食用を可能にした。

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