映画に「壁を取り払う力」 台湾のトム・リン監督、新作を語る

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トム・リン監督=本人提供 拡大
トム・リン監督=本人提供

 日本軍の占領下にあった第二次世界大戦中と1950年代、80年代の三つの時代のマレーシアを舞台にした映画「夕霧花園」がこの夏、日本で公開される。戦争の被害者と加害者という業を背負った二人が「許し」と向き合うラブストーリー。台湾のトム・リン(林書宇)監督は「世界が分断されている今こそ見てほしい作品です」と話す。【大野友嘉子/デジタル報道センター】

偏見を乗り越えようとした二人

 ――日本軍の捕虜になり、妹を失った主人公のテオ・ユンリン(リー・シンジェ=李心潔)が戦後、謎めいた日本人庭師の中村有朋(阿部寛)に出会うストーリーですね。二人が心を通わせる様子を表現するのは難しかったと想像します。

 ◆原作のマレーシア人作家のタン・トゥアンエンさんの小説を読んだ時、ユンリンと有朋が偏見を乗り越えて親愛の念を抱くようになる過程に心を動かされました。

 私が最も意識したのは加害側を悪者にしないことでした。戦争を描く際、加害者を悪人に、被害者を善良でかわいそうな存在に仕立てることは簡単だし、分かりやすい。その半面、観客の憎悪の感情をあおる危険をはらんでいます。お客さんが憎しみの気持ちを抱いて映画館を後にするようなことだけは避けたかった。

 私たちはよく知らない国や民族に接すると、相手の表面的な部分を見て理解したつもりになります。その「表面的な部分」の多くが、ステレオタイプと呼ばれるものです。ユンリンと有朋は、ぶつかり合いながらも、互いを知る努力を重ねます。分断された今の世の中に必要なのは、二人のこうした姿勢ではないでしょうか。

分断の壁を取り払う役目

 ――世の中の分断はどこに表れていますか。

 ◆分断はインターネットの普及以降、加速しているように思います。インターネットによって国を超えて人々がつながりやすくなった一方、ヘイトをもたらす誤解やステレオタイプが簡単に拡散されるようになりました。あまりにも多くの人の目に触れてしまうので、一度広まった誤解を修正したり取り消したりすることが今まで以上に難しくなりました。

 ――最近だと新型コロナウイルスの感染拡大に関連して、米国などでアジア人へのヘイトクライム(憎悪犯罪)が問題になっています。

「夕霧花園」の主人公、テオ・ユンリン(右)と中村有朋=ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT  ALL RIGHTS RESERVED 拡大
「夕霧花園」の主人公、テオ・ユンリン(右)と中村有朋=ⓒ2019 ASTRO SHAW, HBO ASIA, FINAS, CJ ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED

 ◆そうですね。言葉が通じないために、理解されづらいという問題もあると思います。ただ、これは実は小さな壁で、その気になれば乗り越えることができるはずです。

 有朋の言葉に「Art has no borders (芸術に境界はない)」というものがあります。また、韓国のポン・ジュノ監督は(映画「パラサイト 半地下の家族」が米ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞を受賞した際に)「1インチ程度の字幕の壁を跳び越えれば、皆さんははるかに多くの映画に出会うことができる」と話しています。

 言葉は確かに障壁になり得ますが、二人が言うように、アートにはそうした壁を取り払う力があります。それこそがアーティストの役割だと信じています。そういう意味で、この時代に「夕霧花園」の映画化のオファーをいただいたのは運命的でした。

自分のことも許す

 ――高校生たちの青春を描いた「九月に降る風」(2008年)を公開した際に「許しと成長」のメッセージを作品に込めたとインタビューで話していましたね。本作でも「許し」はテーマに据えられています。

 ◆はい。「許し」というのは私の大きなテーマです。「夕霧花園」が「九月に降る風」などと異なるのは、他者だけでなく、自分のことも許せるかどうかを問うたことです。

 例えば、ユンリンは戦時中に妹と共に日本軍の捕虜になり、妹は命を落とします。自分だけが助かったとユンリンは自責の念にさいなまれます。

 また、戦後にユンリンが出会った有朋は、母国がかつて占領した国(マレーシア)で生活するといういびつな立場にいます。罪悪感を抱く二人の男女が、互いを通じ、とても長い時間をかけて自分を許していく姿を見ていただければと思います。

 ――最後に、有朋役に阿部さんを選んだ理由を教えてください。監督のご指名だったと聞いています。

 ◆ずっと阿部さんのファンなんです(笑い)。是枝裕和監督の映画「歩いても 歩いても」(08年)での演技が特に好きです。

 有朋の役は年齢が40~50代で、カリスマ性があって英語を話せる役者が適任なのですが、全ての条件をクリアする人となるといつもの顔ぶれになります。私としては新鮮さがほしかった。

 最近はコミカルな役どころが多い阿部さんが、有朋という寡黙で気難しい男性を演じたらどうなるのか興味がありました。阿部さんの持つカリスマ性と年齢は問題なかったのですが、英語力は未知数でした。それでもぜひお願いしたかった。結果、想像以上に素晴らしい作品にしてくれました。

 Tom Lin(トム・リン)

 1976年、台湾北部・新竹出身。世新大学、カリフォルニア芸術大大学院で映画を学び、短編映画「海岸巡視兵」(05年)でデビュー。初の長編映画「九月に降る風」は金馬奨でオリジナル脚本賞を受賞し、東京国際映画祭でも上映された。大切な人を失う喪失感を描いた映画「百日告別」(15年)は金馬奨オリジナル脚本賞にノミネートされた。新作「夕霧花園」は7月24日からユーロスペース(東京都渋谷区)を皮切りに各地で順次上映される。

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