特集

東京パラリンピック

東京パラリンピックに関する特集ページです。

特集一覧

東京・わたし

パラ選手の脳を探れ その驚くべき機能とは 東大教授・中沢公孝さん

  • ブックマーク
  • メール
  • 印刷
パラリンピック選手の脳に関する研究について話す中沢公孝教授=東京都目黒区の東大駒場キャンパスで2021年5月28日午後6時17分、真下信幸撮影
パラリンピック選手の脳に関する研究について話す中沢公孝教授=東京都目黒区の東大駒場キャンパスで2021年5月28日午後6時17分、真下信幸撮影

 東大大学院総合文化研究科の中沢公孝教授(59)=リハビリ科学=は近年、パラリンピック選手の脳に関する研究を重ねてきた。今年2月には著書「パラリンピックブレイン」をまとめ、パラアスリートが持つ特有の能力を解き明かそうとしている。【聞き手・真下信幸】

 ――この研究を始めたきっかけは。

 ◆競泳女子の脳性まひクラスで、複数のメダルを獲得しているコートニー・ジョーダン(米国)を特集するテレビ番組の制作に携わったことです。彼女の脳をMRI(磁気共鳴画像化装置)で調べたところ、かなりの損傷がありました。しかし、水中では損傷が分からないくらいダイナミックに泳いでいます。「どうしてあんなに動けるのか」と、パラ選手の脳に興味を持ち始めました。さらに、ちょうど東京大会の開催が決まっていたこともあり、パラ選手を科学的に解析してほしいという依頼が増え、多くの選手の脳を調べる機会に恵まれました。すると、次々と興味深い結果が出てきたのです。

 ――パラ選手の脳の特徴とは。

 ◆まだ完全には分かっていませんが、人間は体を切断したり、脳や神経を損傷したりすると、それを補完しようと脳が再編されます。これは「代償反応」と呼ばれ、障害者特有のものですが、ここにアスリートとしてのトレーニングとモチベーションが加わり、相乗効果で脳の働きがさらに高まる。結果として、健常者とも一般の障害者とも違う脳になっていきます。パラ選手は、人類の脳や体の再編における最大値を見せてくれている可能性があり、障害を負ってもやる気を持ってハードなトレーニングをすれば、ここまで動くことができるということも示しています。そういう意味で、パラ選手は「リハビリのお手本」とも言えるのです。

 ――これまでの研究で特に印象に残っている結果は。

 ◆一般的に右半身の動きは左脳が、左半身の動きは右脳が単独でつかさどっています。しかし、陸上男子走り幅跳びの義足クラスで世界記録を持つマルクス・レーム(ドイツ)を調べたところ、義足を動かす筋肉は左右両方の脳で動かしていることが分かりました。これは健常者ではあり得ないことです。追加の研究で、義足使用歴が長くてスポーツ活動を続けてきた人たちに、同じ脳の働きが見られました。スポーツでは日常生活以上に義足をうまく使いこなす必要があるため、脳の両側を使って動かすように再編したのだと捉えています。

 また、脊髄(せきずい)を損傷し、運動機能と感覚がともにまひした完全損傷者は、残された上半身の運動機能が健常者よりも高まることが分かり、これにも驚かされました。仮説ではありますが、この働きがパワーリフティングなどで、時には健常者の記録を超えるパフォーマンスが発揮できる要因の一つだと考えています。

 ――パラ選手の研究は今後、どのようなことに活用できますか。

 ◆現在、iPS細胞をはじめとした再生医療の研究が進み、さまざまな神経疾患への応用が期待されています。ただ、損傷した神経にiPS細胞や幹細胞を移植すれば、すぐに動かせるようになるかというと、それはあり得ません。神経回路のつながりはできますが、最初は全く機能しない。その時に重要なのがリハビリです。よりよく神経を再編させ、また動かせるようにしていきます。パラ選手の身体能力は、この再編をうまく引き出した最高の結果でもあります。特有の脳や神経の再編のメカニズムを解明できれば、「よりよい再編の引き出し方」が分かり、将来、スムーズなリハビリにつなげることができると考えています。

 ――自身が考える共生社会とは。

 ◆多様性を受け入れて、それぞれの個性が生かされる社会ですね。正規分布の端にいて、社会的な困難がある人たちを障害者と呼んでいますが、それは行政がサポートする上で必要だから定義しているのであって、本来、人間は障害があるかないかという白黒で分けられるものではありません。単純に性格がユニークであるとか、車いすに乗っているとか、そういう個性や特徴を持っているというだけのことです。その人たちは、周囲がその特性や個性を理解してくれれば活動しやすくなりますが、現状ではそのような理解は進んでいないように思えます。

 ――東京パラリンピックの意義について。

 ◆障害を持つ人への理解が深まる機会で、多様性や共生社会を進める絶好の機会だと思います。さらに言えば、「人間理解」にもつながると思っています。障害を負ったことによる代償反応やトレーニングで人間はここまで変われることや、健常者にはない力を発揮できることなどは、人間が持っている本来の性質や隠れた能力を見せてくれているということ。私自身、以前はパラリンピックについて「ハンディキャップがある中でものすごく頑張っている」という印象でしたが、今は「人間が持つ能力はどれほどなのか」というものに変わりました。そういう見方をする人が増えれば、障害者の見方も変わってくるのではないでしょうか。

なかざわ・きみたか

 1962年生まれ、長野市出身。国立障害者リハビリテーションセンター研究所で脊髄損傷者の歩行機能回復などを研究。2009年から東大大学院総合文化研究科に移り、現在は東大スポーツ先端科学連携研究機構の機構長も務める。今年6月には日本パラリンピック委員会(JPC)の運営委員に就任した。

【東京パラリンピック】

時系列で見る

次に読みたい

あわせて読みたい

この記事の筆者
すべて見る

注目の特集