平城宮跡に8世紀の大型建物跡 天皇の別邸か 土地利用の変遷示す

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平城宮跡・東院地区で確認された大型建物跡。巨大な柱穴が整然と並ぶ=奈良市法華寺町で2021年6月30日午前11時7分、藤井達也撮影
平城宮跡・東院地区で確認された大型建物跡。巨大な柱穴が整然と並ぶ=奈良市法華寺町で2021年6月30日午前11時7分、藤井達也撮影

 奈良文化財研究所は30日、奈良市の平城宮跡・東院地区で、8世紀半ば~後半の大型建物跡を確認したと発表した。大きさは同地区で最大級の東西約27メートル、南北約12メートル。天皇の日常的な住まい、内裏正殿(東西約27メートル、南北約15メートル)に匹敵する規模で、天皇の別邸だった可能性が高い。史書「続日本紀」は東院地区で皇太子や天皇の宮殿が繰り返し営まれたと伝えるが、未解明の部分が多く、専門家は「平城宮の土地利用の変遷をうかがう貴重な発見」としている。

 同研究所によると、3月末から東院地区のうち北側約920平方メートルを発掘し、約1~1・8メートル四方の柱穴50基が約3メートル間隔で格子状に並ぶ遺構を確認。同地区の中軸線上にあり、宮殿の中心的建物と考えられる。土器などから推定年代は749~770年で孝謙、淳仁、称徳(孝謙の再即位)各天皇の時代に当たる。

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