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室町の兄妹・流れ公方と忘れられた尼

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室町の兄妹・流れ公方と忘れられた尼

/3 初の毒殺未遂と伯母日野富子 記されなかった「前将軍の死」 /京都

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 下克上の世の始まりを告げた明応2(1493)年の「明応の政変」で、京内を引き回された十代将軍足利義稙(よしたね)は、洛北の竜安寺に押し込められた。

 4日後の5月6日、京都は大雨だった。義稙は夕食後、もがき苦しんだらしい。近隣のうわさ話を細かく日記に載せる奈良・大乗院門跡の尋尊は同月9日、「御入滅」(死去)との情報も流れていることを記している。

 毒を盛られたというのがもっぱらの風評だと実務官僚・小槻(おづき)晴富は記す。尋尊は同月15日、はっきりと「犯人」も記した。毒薬を入れた御膳担当3人が逃げたが、命じたのは「御台御方(みだいのおんかた)」だと。八代将軍義政の妻日野富子のことだ。

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