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大学スポーツ365日

幻のモスクワ五輪代表の憂い 日経大ヨット部監督が模索する針路

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海上の指導船でカメラを構える日本経済大ヨット部の三船和馬監督=福岡市西区の博多湾で2021年3月10日、田鍋公也撮影
海上の指導船でカメラを構える日本経済大ヨット部の三船和馬監督=福岡市西区の博多湾で2021年3月10日、田鍋公也撮影

 視線の先にある博多湾の穏やかな波とは対照的に、口調は強い。「多くの人が心から感動できるものになるのか」。日本経済大ヨット部の三船和馬監督(69)は、教え子も出場する東京オリンピック開催を憂えている。自身は幻のモスクワ五輪代表。政治に振り回され、ブランデーをあおった夜から41年。あの記憶が、今に重なる。

 「安心して生活できる世界があってこそ、人々はスポーツに感動し、応援し、それが支援する情熱に変わっていく」。東京五輪開幕まで1カ月を切った6月25日、三船監督はヨット部の拠点、福岡市ヨットハーバーでの練習を前に話した。新型コロナウイルスの感染が拡大した昨春以降、東京五輪を2024年に延期するか、24年パリ五輪と共同開催にすべきだと考えてきた。4年あればコロナが収束し、誰もが気兼ねなく五輪を楽しめると思ったからだ。しかし、東京五輪は1年の延期。開催の是非を巡る議論が沸騰し、五輪に厳しい視線が注がれる中、「政治的な思惑を持つ人と考え方に隔たりがある」と改めて感じている。

特別な2度の五輪代表

 福岡市出身の三船監督は中学からヨットを始めた。海辺のキャンプ場で乗せてもらい、夕日が沈む中、風でスイスイと進む感覚に「すげえな」と感動した。福岡大卒業後は実力不足を感じて競技を離れたが、2年後、急性肝炎で入院して「死」を意識し、「人生は一度しかない。やりたいことをしよう」と復帰した。

 静岡を拠点に活動して力を付け、1980年モスクワ五輪のヨット(現セーリング)男子470級代表の座をほぼ手中にした時、日本の五輪不参加が決まった。東西冷戦下で西側諸国が参加をボイコットし、日本も倣った。一晩だけ酒に身を委ね、その後の選考レースで五輪代表に決まったが、「その時はもう悔しいとかはなくて、これからどうしようかを考えた」。

 福岡に戻り、中学時代から才能を感じさせていた大学の後輩、高木裕選手(18年死去)と84年ロサンゼルス五輪を目指した。途中から…

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