東尾修さん、松坂の200勝記念球もらえず「残念だが、よくやった」

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ノーヒット・ノーランを逃し、苦笑いを浮かべて東尾監督と握手を交わす松坂大輔(右)=東京ドームで2000年6月30日、石井諭撮影
ノーヒット・ノーランを逃し、苦笑いを浮かべて東尾監督と握手を交わす松坂大輔(右)=東京ドームで2000年6月30日、石井諭撮影

 松坂大輔投手がプロ入りした当時、西武の監督だったスポーツニッポン評論家の東尾修さん(71)は「良いことも悪いことも、いろいろな経験ができた。いずれ指導者になるんだろうから、良い経験をしたと思う」と23年間の現役生活を終える愛弟子をねぎらった。

 1999年。東尾さんは高校時代から世間の注目を集めていた大物ルーキーを「どうやって軌道に乗せるか」に腐心した。春季キャンプ当初は故障を防ぐため、ブルペンで捕手を座らせた本格的な投球練習を禁止。その後は「いつでも投げられる」スライダーは封印させ、肘を柔らかく使わせるカーブと直球のみを投げさせた。

 プロ初登板は4月7日の東京ドームでの日本ハム戦。球団は本拠地・西武ドーム(現メットライフドーム)で華々しくデビューさせたい考えだったが、東尾さんがそれを断った。「あいつが一番結果を出せる傾斜のあるマウンドを選んだ」。高校を卒業したばかりの18歳に自信を持たせ、大きく羽ばたかせるための親心だった。

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