娘の誕生日は祖母の命日 あの日の後悔胸に一歩ずつ前へ 西日本豪雨

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亡くなった小玉ユリ子さんが住んでいた家の跡地を歩く孫の和矢さん(左)とひ孫の絢芽ちゃん=愛媛県西予市野村町地区で2021年7月7日午後4時26分、中川祐一撮影
亡くなった小玉ユリ子さんが住んでいた家の跡地を歩く孫の和矢さん(左)とひ孫の絢芽ちゃん=愛媛県西予市野村町地区で2021年7月7日午後4時26分、中川祐一撮影

 愛媛県西予市野村町地区の仮設住宅で小玉和矢さん(36)は7日夜、バースデーケーキに6本のろうそくを立てて娘を祝い、亡き祖母に報告した。「ばあちゃん、ひ孫たちは元気に育ちよるよ」。次女・絢芽(あやめ)ちゃんが生まれ、喜びに包まれるはずだった7月7日は、西日本豪雨が起きた3年前から祖母の命日にもなった。祝福と後悔が交錯する1日。あの日、助けに駆け付けられなかった自責の念は3年たった今も消えない。

 肱川にかかる三島橋のそばで家族4人で暮らしていた和矢さんは、2018年7月7日朝、100メートルほど離れた家で暮らしていた祖母のユリ子さんを避難所まで連れて行くはずだった。だが、先に避難した子どもたちのおむつなどを準備している間に水位は異常な速度で上昇し、肱川が氾濫。家を出る頃には、少し低い場所にあったユリ子さんの家まで車で行ける状況ではなかった。茶色の水しぶきがフロントガラスを覆う中、車で橋を…

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