「岐阜」の名付け親、信長ではなかった? 市民団体、ガイド発行

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「岐阜寺町ガイド」を紹介する東海幸さん(右)と、事務局の瑞雲院・東海幸明住職=岐阜市寺町の瑞龍寺の塔頭・瑞雲院で2021年7月1日午後2時21分、立松勝撮影
「岐阜寺町ガイド」を紹介する東海幸さん(右)と、事務局の瑞雲院・東海幸明住職=岐阜市寺町の瑞龍寺の塔頭・瑞雲院で2021年7月1日午後2時21分、立松勝撮影

 「岐阜」は信長が付けた地名じゃなかった――。通説に疑問を投げかけるガイドブックを、岐阜市寺町のまちおこしグループ「岐阜てらまちガイド事務局」代表の東海幸(みゆき)さん(30)が発行した。臨済宗妙心寺派・瑞龍寺(ずいりょうじ)の歴史を紹介し、ガイド表紙には「『岐阜』の字、発祥の場所 瑞龍寺」と銘打ち、織田信長の「岐阜改名伝説」より約100年前に「岐阜」の地名が使われていた瑞龍寺の史実に光を当てている。【立松勝】

 東海さんは名古屋市出身。2015年春に岐阜市へ移住した。現在、コンサルタントの仕事をしながら、今年2月に火事で焼けて再建中の塔頭(たっちゅう)・瑞雲院の事務局で、寺院と連携して活動している。

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