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#五輪をどうする

64年組織委職員「もはや単なる競技会」失われた“物語”と情熱

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閉会式で日本の福井誠旗手を担ぎ上げ、一団となって入場行進する参加各国の選手たち=東京都新宿区の国立競技場で1964年10月24日、出版写真部員撮影 毎日グラフ臨時増刊「オリンピック 東京 1964」1964年11月3日号 169ページ掲載の別カット
閉会式で日本の福井誠旗手を担ぎ上げ、一団となって入場行進する参加各国の選手たち=東京都新宿区の国立競技場で1964年10月24日、出版写真部員撮影 毎日グラフ臨時増刊「オリンピック 東京 1964」1964年11月3日号 169ページ掲載の別カット

 2回目の東京オリンピックは、開催都市の東京都に緊急事態宣言が発令された中で迎える。首都圏など6都道県の会場は、無観客での開催だ。1964年東京五輪は「世界は一つ」とうたわれたが、今回は国内世論を二分する。大会組織委員会の職員として前回大会を支えた吹浦忠正さん(80)は、様変わりした祭典の姿を「終わりの始まりになるのではないか」と指摘する。【聞き手・田原和宏】

元国旗担当「五輪は人生を変えた」

 前回の東京大会の時、私は早稲田大の学生でしたが、組織委の競技部式典課に所属する「国旗担当専門職員」として働いていました。当時、最年少の職員だった私がもう80歳。前の五輪を知る私にとって、今回の五輪はあまりにもさびしい。当時を知らない人からすれば、新型コロナウイルス対策費がかかる中、五輪に巨額の経費を投じるなんてと反対するのは当然です。

 五輪を通して、いかに感動の物語を書くかが大事です。ところが、白血病から復帰した競泳の池江璃花子選手(ルネサンス)の時もそうですが、政府や組織委は自分たちに都合よくその感動を利用することしか考えていません。菅義偉首相は私と同郷の秋田県出身ですが、五輪を政権浮揚につなげて解散・総選挙に持ち込みたかったのでしょう。国政復帰がささやかれる小池百合子都知事も同じような発想かもしれませんが、みんな自分の思惑ばかりで動いているように映ります。64年大会時に首相だった池田勇人は五輪閉幕の翌日、がんとの闘病生活で退陣を表明しました。池田は五輪を経済の起爆剤として使っても、私利私欲で利用することはありませんでした。

 当時とまるで違うのが、スポンサーの力です。開会式の入場する順番ですが、64年大会はわかりやすさを優先して英語表記のアルファベット順でした。近年の五輪は、開催国の言語での表記順に行進しました。今回の五輪はあいうえおの50音順。これに従えばアメリカは最初の方ですが、実際は後ろから3番目です。国際オリンピック委員会(IOC)が2028年ロサンゼルス五輪の米国、24年パリ五輪のフランス、そして開催国の日本という順に登場すると決めたからです。この決定には…

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【東京オリンピック】

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