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在京オーケストラ6月レビュー ②読売日本交響楽団

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5月に来日し、6・7月の読響を率いたヴァイグレ。いったん帰国したのち、8月にはショスタコーヴィチやベートーヴェンの5番を振る予定 (C)読売日本交響楽団
5月に来日し、6・7月の読響を率いたヴァイグレ。いったん帰国したのち、8月にはショスタコーヴィチやベートーヴェンの5番を振る予定 (C)読売日本交響楽団

 在京オーケストラが6月に開催した演奏会を振り返る公演リポートの第2弾は読売日本交響楽団。昨年末から今年初めにかけて日本に滞在し、コンサートとオペラの両方で充実の演奏を聴かせてくれた常任指揮者セバスティアン・ヴァイグレが再び来日し複数の公演を指揮して会場を沸かせた。取材したのは15日、サントリーホールで行われた名曲シリーズと20日、東京芸術劇場で行われた日曜マチネシリーズ。(宮嶋 極)

 興味深かったのはヴァイグレの音楽作りの多様性に関して。これまで感じていたものとは別の一面が垣間見られたからである。筆者が抱いていたヴァイグレの音楽作りの印象といえば、過去に何度か取材したバイロイト音楽祭におけるワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」や今年2月の二期会公演で読響がピットに入った「タンホイザー」などで披露された複雑に絡み合う動機や声部を見通しよく整理して明晰(めいせき)な音場を構築していくというものであった。ところが今回はワーグナーや過去のベートーヴェンで見せたこうしたスタイルとはひと味違う音作りだったように感じた。

 それはブラームスやメンデルスゾーンで顕著であった。古き良きドイツ、とりわけ旧東ドイツの伝統的演奏を彷彿(ほうふつ)とさせるもの。温かみのある響きを構築し、20世紀の演奏慣習をいくつか採用していたからである。一例を挙げよう。ブラームスの第1番第4楽章展開的再現部第1主題の終盤(267~271小節)、オケがフォルティシモでトゥッティ(全奏)となり8分音符と2分音符の音型が4セット繰り返される箇所。譜面ではホルンは八分音符の三つの音を2セットしか吹かないことになっているのだが、ヴァイグレは4セットとも吹かせていた。ヘルベルト・フォン・カラヤンら20世紀の巨匠指揮者と同じスタイルである。譜面を重視する最近ではこのスタイルを採る指揮者は少ない。ちなみに7月2日、東京フィルを指揮したチョン・ミョンフンは譜面通り2セット、ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールのアーカイブを検索してみるとヘルベルト・ブロムシュテットも2セットであった。一方、ダニエル・バレンボイムは4セットを採用していた。

 次にアウフタクト。アウフタクトとは4分の4拍子などで4拍目から旋律が始められることを指す。「タンホイザー」序曲冒頭のクラリネットとホルンによる〝巡礼の合唱〟の旋律、ブラームスの第1番4楽章の提示部で弦楽器が奏でる第1主題などがその例だが、かつてのドイツの指揮者はたいてい深く掘り下げるように長めに演奏していた。同様にヴァイグレもアウフタクトを深めに演奏させていたのが印象に残った。

メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲でソリストを務めたアラベラ・美歩・シュタインバッハー(中央)=写真は6月14日のミューザ川崎公演 (C)読売日本交響楽団
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲でソリストを務めたアラベラ・美歩・シュタインバッハー(中央)=写真は6月14日のミューザ川崎公演 (C)読売日本交響楽団

 読響は前任のシルヴァン・カンブルランの時代に透明感のある美しいサウンドを楽団の持ち味として定着させ、今、ヴァイグレの下でドイツの伝統的な響きという新しい引き出しも作りつつあるように筆者には映った。一方、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を弾いたアラベラ・美歩・シュタインバッハー、シューマンのピアノ協奏曲を弾いた反田恭平もヴァイグレの力強いリードに導かれるように個性を発揮した熱演で盛んな喝采を浴びていた。なお、両公演とも終演後、オケが退場しても拍手は鳴りやまず、ヴァイグレはステージが呼び戻されていた。

公演データ

【セバスティアン・ヴァイグレ指揮 読売日本交響楽団】

◆第643回名曲シリーズ

6月15日(火)19:00 サントリーホール

ヴァイオリン:アラベラ・美歩・シュタインバッハー

コンサートマスター:林 悠介

ヴェルディ:歌劇「運命の力」序曲

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調Op.64

ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68

◆第237回日曜マチネ―シリーズ

6月20日(日)14:00 東京芸術劇場コンサートホール

ピアノ:反田 恭平

コンサートマスター:小森谷 巧

ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲

シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54

チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ) 毎日新聞グループホールディングス取締役、番組・映像制作会社である毎日映画社の代表取締役社長を務める傍ら音楽ジャーナリストとして活動。「クラシックナビ」における取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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