プロ野球球宴70年 初代殊勲選手はあの「神様」 副賞はなんと…

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東日本大震災が発生した2011年、仙台市のクリネックススタジアム宮城(現楽天生命パーク宮城)で行われた第3戦で、グラウンドを一周する選手に声援を送る観客たち=クリネックススタジアム宮城で2011年7月24日、丸山博撮影
東日本大震災が発生した2011年、仙台市のクリネックススタジアム宮城(現楽天生命パーク宮城)で行われた第3戦で、グラウンドを一周する選手に声援を送る観客たち=クリネックススタジアム宮城で2011年7月24日、丸山博撮影

 プロ野球のオールスターゲーム(7月16日・メットライフドーム、17日・楽天生命パーク宮城)は、1951(昭和26)年の第1回が行われてから今年で70年。新型コロナウイルスの影響で2020年は初めて中止となり、2年ぶりの開催となる。往年の名選手から世界に羽ばたいた若手まで、時代を代表する選手が躍動してきた「夢の球宴」の歴史をひもといてみよう。

 2リーグ制になった翌年の1951年、セ・パ両リーグの対抗戦として始まったオールスター。7月4日、甲子園球場で行われた第1戦は投手戦の末、全セが2―1で勝利した。この試合で殊勲選手に選ばれたのは、一回に先制適時打を放った“打撃の神様”川上哲治(巨人)。副賞は自転車だったというから、時代を感じさせる。

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