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昨年の全米図書賞を受賞した柳美里さんの小説…

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 昨年の全米図書賞を受賞した柳美里(ゆう・みり)さんの小説「JR上野駅公園口」の主人公は、1964年の東京五輪前に福島から東京に出稼ぎし、競技場建設に従事した。出稼ぎ者が五輪に向けたインフラ建設を支えたのは現実の話だ▲作家の開高健(かいこう・たけし)は出稼ぎ者の姿をルポした(「ずばり東京」文春文庫)。皇居のお堀端、東京・三宅坂のプレハブ宿舎に3000人が住み、首都高速道路建設に従事していた。夫婦や子持ちもいた▲開高は「日本全国からやってきた農閑期のお百姓さんたち」で「とりわけ東北の人たちが多い」と書く。別の宿舎の聞き取りでは、実働10時間で日給1200円から2000円だった▲前回の東京五輪は青空の下での開会式の映像と共に国民共通の美しい思い出として語られることが多い。だが観戦の余裕がなく、汗を流す国民も少なくなかった。開高は「酸っぱい現象」と表現した▲今年度の最低賃金(時給)は全国加重平均で930円になるという。過去最高の引き上げ幅でも主要先進国より低い。最高の東京と秋田や沖縄などには200円以上の格差がある。「健康で文化的な最低限度の生活」が可能か。疑問が残る。それでも中小企業には重い負担だ▲柳さんの小説の主人公は再び訪れた現代の東京でホームレスになる。貧困率の高さや最低賃金で暮らす難しさを考えれば、現実の世界でも「酸っぱい現象」は過去の話ではあるまい。日本はどれだけ変われたのか。コロナ下で迎える2度目の東京五輪を契機に考えたい。

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